サンドバッグ状態で耐えるのみ
こうした教員を見下したような子供たちの言動は最近始まった現象ではありません。十数年前、ある教員が何度注意しても教室に入らない生徒に対して、胸ぐらをつかみ、つい「いい加減にしなさい」と声を荒らげてしまいました。すると生徒はこう言い放ちました。
「訴えてやる。教育委員会に言うぞ」
教員の行為は確かに行き過ぎです。ただ、反省するそぶりを一切見せない生徒の態度もよくありません。何より教育の根幹である教員と生徒の信頼関係が崩壊しており、何らかの指導が必要なのは明白です。
それでも学校は教員を守ろうとはしません。教員は管理職から「問題を公にするな」と口止めされ、教育委員会からは「(胸ぐらつかんだことへの)処分は避けられない」と告げられたと証言します。その後、教員は退職しました。生徒は「勝った」と笑っていたといいます。
いまの教室では、「教員が子どもに遠慮する」構図が定着しています。暴力や暴言に毅然と叱れば「パワハラ」。強く注意すれば「不適切指導」。結果、何も言わず、何もせず、ただ耐える――。そうしなければ、自分が処分されるのです。両手両足を縛られて「全力で闘え」と命じられる、まるでサンドバッグだ。そんなふうに自分の立場を表現する教員仲間もいます。
ある中堅教員は言います。
「子どもを少し注意しただけで怒鳴り込んでくる保護者がいると思うと、何もできません」
教員は、子どもではなく大人の顔色を見て指導しています。結果、叱るべき時に叱れず、ひたすら「子どもの自由を尊重する」ことのみ重視する教員が増えているのです。規律も何もなしでは、やりたい放題の子が出てくるのは、当たり前の話です。
かつて、子どもが問題行動をすれば、保護者は「私の子育てが至らないばかりに」と平身低頭で謝りに来るケースもあったといいます。
今は全く違います。
わが子の訴えのみを100%信じて、「うちの子はやっていないと言っています。先生が子どもを疑うんですか!」と怒鳴り込んでくる保護者が増えました。
このとき、論理的な説明は無意味です。感情に任せた罵詈雑言の嵐が過ぎ去るまで、ひたすら黙って耐え続けるしかありません。下手に言い返せば、相手はさらにヒートアップし、状況は悪化していきます。


