「サポートする社員にも目を向けている」というメッセージ
大東建託は、約8300人(2025年3月末)の社員が在籍し、全国で賃貸住宅の建設や管理などを行っている。約8割を男性社員が占めている同社は、誰もが育業しやすい環境を整えることを目指して、育業や産前産後休業・介護休業で職場を離れる社員がいる課またはチームのメンバーに対し「育児介護応援手当」を支給する制度を、今年4月から開始した。
手当は、同じ課やチームのメンバー全員に一律の金額が支給される。支給額は当事者の育業期間や産前産後休業・介護休業の取得期間によって変わり、期間が1カ月以上3カ月未満なら1人2万円、3カ月以上なら3万円となる。執行役員でHR統括部長の湯目由佳理氏は「業務負荷に対する手当ではなく、みんなで助け合う風土を社内で醸成することが目的です。そうした会社の方針を形にして社員に届けたいと考えた」と語る。

育児や介護などに関わる福利厚生制度の多くは、当事者だけにフォーカスされたものが多い。湯目氏は、「育業や介護休業は、周囲の配慮や優しさに支えられる部分が大きい。この手当は『当事者の育業を支える周囲の社員も、会社はきちんと評価している』というメッセージになるのではないか」と話す。実際、今回の制度については、「育業当事者をフォローしている周囲の社員に、会社が目を向けてくれていることがうれしい」という声が社内からあがっているという。
1年で達成した「男性育業取得率100%」
湯目氏は2016年にダイバーシティ推進課(当時)に配属されて以来、同社のダイバーシティ施策に関わっているが、「当時は決して先進的な取組をしていたとはいえなかった」と振り返る。業界全体でも女性が少なく、同社も男性の育業についてそれほど熱心ではなかった。
風向きが変わったのは2018年だ。当時の社長が男性育業の義務化を宣言。最初は誰もが「本当にできるのか?」と半信半疑な心持ちだったという。トップのメッセージを社員にどう浸透させるか。取組の“本気度”を全社員に伝えるにはどうしたらいいのか。湯目氏らが行ったのは、愚直かつ地道なものだった。
社内SNSに育業経験者とその上司の声を掲載し、「社内のさまざまな部署の男性が、育業を経て満足のいくライフワークバランスを実現している」というリアリティを伝え続けた。
「最初は育業することは無理だと思っていたけれど、育業したら妻にすごく喜ばれて良い経験だった」
「自分たちの頃にはできなかったから部下にはぜひ育業してほしいと思う」
「育業から復帰した部下が、イキイキとした顔で仕事に取り組んでくれている」
といった声は、育業することに不安があった社員たちにとって背中を押してくれる頼もしいサポートとなった。
「本社は可能だろうけれど、営業や工事の職種は無理」という声に対しては、「営業や工事部門を担当する役員からのメッセージ動画」を発信し、育業を強く促した。
「自分たちの仕事を理解している上司からの言葉は響くんです」と湯目氏。
マネジメント層への研修を行い、意識改革を図るとともに、育業する当事者と上司で作成する「子育てプランニングシート」も義務付けた。シートには、予定日や育業期間、育業中に取り組みたいこと、職場への引き継ぎ内容などの項目がある。育業について上司と部下が情報共有しやすくするための工夫の一つだ。
こうした粘り強い取組で、2016年に0%だった男性育業取得率は、2018年には80%に跳ね上がり、2019年には100%を達成した。湯目氏は「もともと当社の社員は、工事の納期や営業目標などに対するコミットメントも高く、『目標は必達』という文化がある。それで『男性育業取得率100%』も、早期に達成できたのだと思います」と笑顔を見せる。
「育児介護応援手当」が誕生した背景
男性育業取得率100%を維持している同社が「育児介護応援手当」を始めた狙いについて、湯目氏は「平均育業期間は10日前後とまだ短い。社内アンケートでは1カ月以上の育業を約4割の社員が希望していましたが、『同僚に迷惑がかかるので気が引ける』といった職場を離れることへの不安があることがわかりました」と語る。
また同社では2021年から、闊達な組織風土の醸成を目的とし、「会社をもっと良くしたい」と考える社員を募って「PERSO-RES(パソリス)」というワークショップを行っている。その中では「独身や子どもがいない社員ばかり負担が増えるのは、すっきりしない」といった声も上がったという。
「育児介護応援手当」はこうした育業当事者とフォローする社員の声をもとに誕生した。支給対象の育業期間を「最低1カ月以上」とし、手当は課またはチーム内の個人全員に一律支給とすることで、業務を引き継いだ社員だけでなくチーム全員が助け合って、突発的な業務に対応できるように促したのだ。
「1カ月以上育業する男性は、昨年度が6人だったのに対し、『育児介護応援手当』の支給を開始した今年度は、4月から6月の3カ月間で既に昨年度1年間の実績を上回る7人にのぼっており、増えつつあることは確か。手当が少しでも後押しになっていれば制度を導入した意義は大きいと感じる」と湯目氏。
育業推進で目指す「強い組織」づくり
育業推進は「社員や組織の成長にも寄与している」と湯目氏は続ける。
「例えば、育児経験は部下の育成に活きますし、どんな時も成果をあげられる『強い組織づくり』につながります。協力し合い、助け合う風土を醸成して、社員のエンゲージメントを高めることにもなります。また、新入社員の採用にも良い影響が出ていて、いくつかの部署からは『育業をはじめとした両立支援体制の充実により応募が増えている』と言われています」
「強い組織づくり」を強調する湯目氏。もともと同社では社員の有給休暇取得を積極的に促しており、そのことが現在の育業推進につながっているという。
「『誰かがいないと仕事が回らない組織』では困ります。育業はまだ予測が立ちますが、社員の体調不良など予期せぬことは起こりえます。どんなときでも成果を出せる『強い組織づくり』は企業成長に欠かせません」
有給休暇の取得促進により、「業務の属人化を防ぎチームで仕事をする」という職場風土が作られていた大東建託。育業を推進する過程で特定の社員に依存しなくてもパフォーマンスが出せる組織づくりをさらに強固に進めている。
湯目氏が率いるHR部門では、「もっと発信に力を入れていく」という。「育業の推進を含むダイバーシティは、非財務指標として注目されています。幸い、順調に伸びている売上は現在の会社の姿を表す指標である一方、ダイバーシティは将来の成長性を表す指標です。それを訴求していくのが、私たちHR部門のミッションだと考えています」と今後の展望も見据えている。
トップダウンから始まった大東建託の育業推進は、ボトムアップの取組で進化している。社員の声から生まれた「育児介護応援手当」は、チームが助け合って成果をあげていく「強い組織」へと同社が歩んでいく後押しとなるだろう。