あらゆる空間を「人」を起点にプロデュースする専門家集団
公共の建築物や施設は、その特徴的な外観に目が向きがちだが、訪れる人の心地よさや体験価値の大部分は内装や空間設計によってもたらされる。それらの総合プロデュースを手がけているのが、乃村工藝社だ。
乃村工藝社の創業は1892年。初代の乃村泰資は芝居小屋の道具方から事業を起こし、大衆の娯楽として人気だった菊人形の舞台演出などを手がけていた。その際には創意工夫を駆使して周囲の想像を超える大がかりな仕かけをつくり上げ、皆をあっと驚かせたという。
この初代の精神は、「空間創造によって人々に『歓びと感動』を届ける」という同社のミッションとして、現在も脈々と受け継がれている。取締役の原山麻子さんは「創業から130年以上、従業員全員がその思いの下で空間づくりに取り組んできました」と話す。
「私たちがいちばん大事にしているのは、『人』を起点に考えることです。床や壁をどうつくるかより先に、どうしたらその空間を訪れた人に幸せを感じてもらえるかを考える。その意味では、当社は空間というより人の体験をデザインしていると言ったほうが近いのかもしれません」(原山)
そうした思いは伝わるものだ。舞台演出から始まった同社の事業は、その後博覧会や百貨店の催事のディスプレイなどに広がり、これが評判を呼んで1970年の大阪万博では16ものパビリオンを担当した。
この仕事をきっかけに会社は大きく飛躍し、続くつくば万博や愛知万博でもパビリオンを受注。以降も着実に実績を積み重ね、国内11都市、海外9都市に拠点を持つ空間の総合プロデュース企業へと成長を遂げた。
手がける領域も、当初はデザインや施工などにとどまっていたのが、現在では企画やリサーチからプランニング、設計、制作、施工までワンストップで受注可能に。さらに一部の施設では運営も手がけるなど、事業領域は広がり続けている。
これを可能にしているのが、2500人以上の従業員たちだ。そのうちデザイナーやプランナーなどのクリエイティブ担当は約600人、アイデアを具現化する制作や施工などのプロダクト担当は約500人。外部委託が進む業界で、これだけの数の専門家がいる企業は珍しいといえるだろう。
「そこが当社のいちばんユニークなポイントで、アイデア出しから実際のモノづくりまで一気通貫で進められるのは大きな強みです。各分野の専門家であるメンバーがプロジェクトごとにチームを組み、情熱を持ってお客様のオーダーに応えています」(原山)
株式会社乃村工藝社 取締役 上席執行役員 ビジネスプロデュース本部長
慶應義塾大学総合政策学部 卒業。
1997年株式会社乃村工藝社入社。
営業として大手民間企業を中心としたブランディング、コミュニケーション空間づくりに取り組む。
2014年~2020年、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の事業開発を担当。
2019年 執行役員就任。
2021年ビジネスプロデュース本部本部長に就任。
乃村工藝社の営業戦略、万博・IRなどの大型国家事業などを束ねて新たなビジネスモデルに取り組んでいる。
2024年より現職。
まるでそこに森が生まれたかのような形状を具現化する――
最新の建築手法で挑んだ、大阪・関西万博「RITE 未来の森」
乃村工藝社は、現在開催中の大阪・関西万博でも総計50以上のプロジェクトに関与している。そのひとつが、地球環境産業技術研究機構(RITE)が出展する「RITE 未来の森」内のガイダンスホールだ。このエリアでは、地球温暖化対策の一環として大気中のCO2を回収する先進技術「DAC(Direct Air Capture)」の実証実験が行われている。
ところが、DACの仕組みや意義を紹介するガイダンスホールについて、当初はどう紹介するか、どんな空間にするかといった企画案をはじめ、場所さえも決まっていなかった。
「担当デザイナーは、RITE様と対話を重ねるうちにDACをはじめとする技術と研究にすっかり魅了されてしまったそうです。これほど革新的な技術を伝えるなら、そのための空間も同じぐらい革新的でなくてはいけない――。その思いが起点になって、未来の“森”を体現するようなチャレンジングな技術を取り入れた木造建築という方向性が固まりました」(原山)
プロジェクトチームは、未来の森にふさわしい木造建築を目指してさまざまな資料を当たり、専門家や研究者のもとにも足を運んだ。そしてついに、「これしかない」と思える技術に出合う。
それが、CLTパネル(構造材として使われる木質建材)を折り紙のように折って屋根や壁を構成する「折版構造」と、CLTパネルを吊り上げると同時に折版構造を形成して設置する「ハングアップ工法」だった。
現場では、まずCLTパネルを丁番で平面に接合し、大型の板を形成した上でクレーンにより吊り上げる。吊り上げ時のわずかな力加減によって山にも谷にも変化する繊細な構造であるため、何度もハングアップを実施し、折り目の調整を行った。そうしてできあがったアーチを4ユニット組み合わせることでホールを形成。アーチの接合部は、設計段階でわずか誤差2mm以内に設定されており、高度な施工精度が求められる。これらを実現するため模型での検討や3Dシミュレーションなど多角的な検証を重ね、設計段階から施工会社との綿密な打ち合わせを通じて調整を図った。
その結果、森の木のように地面から建物(CLTパネル)が生えているかのようなガイダンスホールが完成した。
乃村工藝社は、社外の専門家と連携した混成チームでのモノづくりも得意としている。新しいことに挑戦する際は、社内メンバーが中心になりつつ社外の研究者や技術者などにも協力を仰ぐ。これまで折版構造の木造建築をハングアップ工法で設置した前例はなく、研究はされているものの実装例はないという状況だったが、原山さんは「多くの方のご協力があったからこそ乗り越えられた」と振り返る。「実装例のないアイデアにOKを出してくださったRITEさんの覚悟、当社メンバーの情熱、ご協力いただいた方々のご厚意……。あのガイダンスホールは、皆さんのそうした思いの結晶だと思っています」(原山)
顧客の期待や人々の想像を常に超えていきたい
ほかにも、同社が企画段階から関わったプロジェクトは数多い。例えば、2023年に開業した北海道ボールパークFビレッジでは、中核施設のエスコンフィールド HOKKAIDOを含む複数エリアの企画から、デザイン・設計、制作、展示施工までを担当している。
新球場は世界初の球場内温泉やサウナ、日本初のフィールドが一望できる球場内ホテルなどで話題を呼んでいるが、それらもクライアントと乃村工藝社が協力して実現したものだ。
また、宮城県の竹駒神社では「竹駒の杜 活性化プロジェクト」を総合プロデュース。東武スカイツリーラインの高架下を有効利用した複合商業施設「東京ミズマチ®」、京都府の任天堂株式会社の広報施設「ニンテンドーミュージアム」のデザイン・設計、施工・運営等なども手がけており、その事例は枚挙にいとまがない。
(左下)エスコンフィールド HOKKAIDO ©H.N.F/(右下)ニンテンドーミュージアム
しかし、空間づくりは常に目新しさが求められる世界。人の価値観もトレンドも目まぐるしく変化する中で、顧客の期待を超えるアイデアをどう生み出し続けているのだろうか。
「どういうことか、お題が難しいほどやりがいを感じる従業員が多いようです(笑)。お客様から要望やお題をいただいたら、全員が我先にとアイデアを出してきます」(原山)
もちろん、顧客にはアイデアを現実的な形に落とし込んでから提案しているが、常に相手の期待以上のものを出したい、見る人をあっと驚かせたいという熱い思いは全従業員に共通しているという。
乃村工藝社には、従業員の行動指針を示すノムラマインドというものがある。その柱となっている言葉「随所に主となる意欲」は社内に深く浸透しており、原山さんは「誰もが、自分がこのプロジェクトのメインなんだという自覚を持って動いている」と語る。
「手前味噌ですが、本当にいいものはそういう人が集まってこそ創れるんじゃないかなと思います。加えて大事なのは、その全員が自らの領域だけにとどまらず、常に新しいものにチャレンジしていくこと。進化を続けるには、従業員も会社も少しずつ背伸びする姿勢が絶対に必要だと考えています」(原山)
空間創造によって「歓びと感動」を届けたい
その言葉通り、新たな取り組みも始まっている。2022年には、未来の空間がどうあるべきかを考える研究開発機関「未来創造研究所」を創設した。ここでは、ビジョンに掲げた空間における「歓びと感動」を科学的に検証している。
狙いは、従来は感性や経験値に基づいて行ってきた空間デザインに、科学的根拠の裏付けを取り入れることだ。研究は産学連携で進めており、2025年10月に研究成果をまとめた書籍の発行も予定している。
また2024年には、建築領域の事業拡大を見据えて建築プロデュース部を新設した。これにより、現在の乃村工藝社は内部空間の企画や設計・施工にとどまらず、建築や外構まで一貫して請け負うことが可能になっている。
「価値観の多様化やAIの浸透とともに、人が過ごす場のありかたも変わっていくでしょう。私たちの役目は、そうした変化や社会課題を踏まえた上で、人々の幸せにつながる空間を提案し続けること。これからも人を起点にした空間づくりを通して、皆さんに歓びと感動を届けていきたいと思います」(原山)
