“教室の規律状況”にも課題がある

数学に限ったことではないが、どの学問も簡単ではない。学ぶ過程で多くの疑問が出てきたり、より深く学べば学ぶほど、わからないことや自らの限界も明らかになってくるはずである。

数学に対して不安が少ないというフィンランドの子供たちは、果たして本当に数学の学習に真剣に取り組めているのだろうか。もちろん、不安が強すぎても良くないかもしれないが、その意味では、不安が中程度となっている日本やシンガポール、台湾などが、最も優れたスコアを出していることは示唆的である。

さらに、PISA2022の結果に関連して、フィンランドについて、もう一つ気になることがある。それは、教室での規律状況(disciplinary climate)に課題があることだ。ここでいう規律状況とは、例えば、教室内が騒々しくて教師の話が聞こえない、勉強に集中できない、といった状況のことである。当然ながら、これについてはOECDもそうした状況は望ましくないとしている。

しかしながら、PISAの結果では、フィンランドはこの点でOECD加盟国平均よりも劣っていて、「すべて又は多くの授業で十分に学習できなかった」とする生徒の割合は28%と、日本の12%と比べて高い(OECD平均は23%)。また、「教師の話を聞いていなかった」とする生徒の割合も35%と、日本の6%よりかなり高い(OECD平均は30%)。フィンランドと比べると、日本の規律状況の良さが際立って見えてくる。

「幸福度」と「学力」は相関するのか

白井俊『世界の教育はどこへ向かうか』(中央公論新社)
白井俊『世界の教育はどこへ向かうか』(中央公論新社)

ちなみに、フィンランドが国際的に注目されてきたのは、教育の分野だけではない。「持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(SDSN)」という国際的なネットワークが公表している「世界幸福度調査(World Happiness Report)」という有名な報告書があるのだが、フィンランドは6年連続で世界1位となっており、「幸福度世界一」の国としても知られている。

幸福度が高いことで知られるフィンランドがPISAで好成績を出したことは、日本や中国、韓国、台湾、後述するシンガポールなどに象徴される、入学試験を一つの頂点としたアジア型の教育に対する強烈なアンチテーゼとして受け止められた。

確かに、つらい勉強を乗り越えて、頑張って入試を突破するために勉強するよりも、不安や心配を抱えることもなく、ゆるい規律状況で学習した方が成績も良いということであれば、後者の方が魅力的に映るのは当然だ。だからこそ、かつてはフィンランドの教育が注目を集めたわけだが、今や状況は変わってきている。

日本が今後どの方向に向かうべきか、第2回で述べるシンガポールの事例と合わせて、一つの大きな示唆になりそうである。