企業の人的資源を取り巻く環境が変化する今、HRSaaS業界もまた変化のときを迎えている。そうした中、クラウド型人事労務システム「ジンジャー」を提供するjinjer株式会社が、新たな経営陣を迎えてさらなる成長と変革に挑んでいる。今年5月に同社CEOに就任した冨永健氏と、CCO(最高顧客責任者)に就任した廣田達樹氏が、人事の未来像やjinjerのミッションなどについて語った。

管理する人事から、社員の可能性を引き出す人事へ

――今、企業における人事業務はどんな転換期を迎えているのでしょうか。

【冨永】人材不足が叫ばれるようになって久しい中、近年は企業の問題意識も「新しい人をどう採用するか」から「今いる人にどう活躍してもらうか」に変わってきています。この課題解決に向けて、多くの企業はまず社内人材の「見える化」に取り組もうとしますが、いざやってみると、人事労務、給与、勤怠、評価、サーベイなどのデータが別々のシステムに入っていて、一人の社員の全体像が見えてこないのです。今は、皆さんがそこに気づき始めている段階だと思います。

【廣田】日本の人事労務システムは多くが人事部の業務効率を上げるためのもので、いわば「守りの人事」。もちろん、組織の安定維持のためには守りの人事も重要ですが、それだけでは企業成長につながりにくいのではと思います。

【冨永】企業の経営資源はヒト・モノ・カネだとよくいわれます。しかし、モノとカネは長い歴史の中でしっかり“見える化”されてきたのに、ヒトに関してはほぼ手つかずのままでした。まずはバラバラのデータを統合して、社員一人ひとりがどの切り口からでも見えるようにしたい、そうでないと活用に向けて次の一手が打てない――。そんな悩みを抱えている企業も多いのではないでしょうか。

【廣田】その点、海外は日本の半歩先を行っていますね。海外の人事領域にはCHRO(最高人事責任者)という職位がありますし、社員のデータを収集・分析して人材戦略に役立てる「ピープルアナリティクス」という機能が人事システムに備わっていることも多いです。

日本が「守りの人事」だとすれば、海外は「攻めの人事」といえるでしょう。ただ、人的資本経営の考え方が広まるにつれ、日本でも「守りの人事」からの脱却を図る企業が少しずつ増えています。

【冨永】その通りで、最近は日本の人事システムも「人事部が管理しやすくするため」から、「社員に活躍してもらうため」へと変わり始めています。それに伴いHRSaaS業界でも、人事部ではなく社員を主語に据えようとする取り組みが加速しています。

【廣田】今いる人材に活躍してもらうには、いかにして定着させるかを考えることも大事ですね。従業員満足度調査やストレスチェックを実施している企業も多いと思いますが、定着に向けてより働きがいのある会社にしていくには、それらのデータも統合し生かしていく必要があるでしょう。多くの企業がそうした意識を持つようになれば、そこで働く人々の可能性も大きく広がっていくのではと思います。

冨永健(とみなが・けん)
冨永健(とみなが・けん)
jinjer株式会社 代表取締役社長 CEO
・2021年 株式会社Zendesk(社長)
 日本市場におけるビジネス全体の統括、カスタマーエクスペリエンス向上を実現
・2017年 デル・テクノロジーズ株式会社 Virtustream(事業本部長)
 日本事業の立ち上げ、ビジネスモデル策定、組織組成、顧客開拓を推進
・2013年 アマゾンウェブサービス株式会社(大手企業顧客担当営業本部長)
 ビジネスと組織の育成・マネジメント、大手企業のクラウドマイグレーション推進
・1998年 シスコシステムズ合同会社(大手企業顧客担当営業本部長)

外資での経験を生かして日本の会社を元気に

――変化のフェーズに入ったばかりのHRSaaS業界ですが、お二人ともHRSaaS業界への挑戦はキャリア初だと伺いました。なぜこの業界に飛び込もうと思ったのでしょうか。

【冨永】私は学生時代にインターネットの世界に魅了され、その本場で働きたいという思いから、アメリカ・シリコンバレーのIT企業に入社しました。当時は、日本企業を顧客とする法人営業を担当していたこともあり、日米両方の組織文化を体験することができました。

一般的には、「日本の組織文化はアメリカに比べて古い」といった見方もありますが、新卒で採用し、時間をかけて育成しながら、個々が成功できる道をともに考えていく姿勢は、日本企業ならではの大きな強みだと感じています。そんなすばらしい組織文化を持った日本の会社をもっと元気にしたいという思いからjinjerに飛び込みました。

【廣田】日本の「人を育てる」文化は、私自身も強く実感しています。私は新卒で日本企業に就職し、その後は長く外資系企業やSaaS業界で経験を積んできました。そうした環境で培った知見を、今度は日本企業に還元していきたいという思いが芽生え、本質的に意義のある製品やサービスに関わりたいという志向も重なって、jinjerへの参画を決めました。人事――つまり「人」に関わる領域は、企業活動の根幹にかかわる非常に本質的な分野だと考えています。

廣田達樹(ひろた・たつき)
廣田達樹(ひろた・たつき)
jinjer株式会社 CCO(最高顧客責任者)
・2021年 HubSpot Japan株式会社(日本法人代表)
 日本市場におけるビジネス統括、ユーザーやパートナーとの連携強化を牽引
・2016年 Google Asia Pacific Pte.Ltd(新規顧客開発事業部本部長)
 日本、韓国、東南アジア市場におけるビジネス開発コンサルタントチーム統括
 6,000社以上に及ぶ企業のデジタルトランスフォメーションを支援
・2013年 VMware株式会社(事業企画本部長)
 日本市場における戦略立案、セールスオペレーション業務を統括

「正しい人事データ」が企業にもたらす効果とは

――就任後には「正しい人事データで組織の“勘”を“確信”に変える」という新たなタグラインを打ち出されました。その意図や想いをご紹介ください。

【冨永】当社が考える「正しい人事データ」とは、正確性、網羅性、一貫性、最新性、適法性の5つを備えたものです。

正確性や網羅性がなければ、そもそもデータとして判断に活かすことは難しいでしょう。一貫性がなければ、収集したデータに対する加工の手間が生じます。最新性がなければ、古い情報から誤った判断をしてしまうリスクもあります。最後に、人事にかかわる法律は多岐にわたります。法令を遵守した適法性のあるデータがしっかりと管理されていることも企業にとって重要な要件です。そのため、我々はこれらの5つの要素が揃って、はじめて人事データとして活用できると考えています。

正しい人事データの例

jinjerが提供する統合型人事データベースがあれば、人事データの整備という課題解決だけでなく、人材を「見える化」した結果を分析して人事戦略や経営戦略につなげることも可能になります。

また、個人の属性データが整理されていれば、「この部署には特定の資格を保有する社員が多い」「入社5年以内の社員が多い」など、より多角的な分析が可能になり、適切なタレントマネジメントを実現させます。

正しい人事データで組織の勘を確信に変える

例えば、ストレスチェックやエンゲージメントサーベイを実施した結果、ストレスが高まっている部署があったとします。継続的に実施すれば、時系列での変化も可視化されるでしょう。

さらに、このデータに勤怠データを重ねることで、「過去3カ月の残業時間が増えている部署ではストレス指標が上昇している」「残業時間は変わらずストレス指標だけが上昇しているため、人間関係や業務内容に変化があった可能性がある」など、さまざまな相関関係を見出すことができます。

【廣田】加えて、近年は投資家や取引先から人事に関する情報の開示を求められるケースも増えつつあります。その点でも、正しい人事データの構築はますます重要になってくるでしょう。海外企業や気候変動SaaSなどの業界では、すでにさまざまな情報の開示が進んでいますから、この流れは今後、日本の人事領域においても加速していくのではないでしょうか。

――「正しい人事データ」は、企業の人材戦略などにどのような効果をもたらすのでしょうか。

【冨永】例えば、新支店の支店長候補を何人か挙げるといったとき、正しい人事データがあれば、経験値や実績、資格、転勤経験、家族構成、評価内容などのあらゆる指標からすぐさま候補者を抽出することができます。

こうしたシステムがない場合は、冒頭で述べたように、別々のシステムに入ったデータを照らし合わせたり、各部署に「こういう人材はいませんか?」と聞いて回って候補者を探すことになったりと、時間や手間、確実性などの点で大きな違いが出てきます。

【廣田】実際、企業では「データを調べてもわからないから人に聞いて回るしかない」ということがかなりの頻度で起きています。そこが解決できれば、人材に関する判断もその後の行動も非常にスピーディーになってくるでしょう。

ただし、人材を管理・活用する上で一番大事なのは「人」であって、データがすべてではありません。人材戦略においては、データから得られるファクトと、対話から得られる温度感を常に突き合わせていくような手法が望ましいのかなと思います。管理職の一人として、私自身もそうするよう心がけています。

「ひと」の可能性のすべてが見える世界へ

――新たに決定されたビジョンや今後の展望についてお聞かせください。

【冨永】当社の新たなビジョンは“「ひと」の可能性のすべてが見える世界へ”です。私は、このビジョンこそがjinjerの目指すところであり、人事が行き着くべき先だと考えています。結局、企業で働いているのは「人」ですから、私たちはその人たちが輝ける、活躍できるチャンスを見逃さないような仕組みを提供していきたい。社会を見渡しても、やはり活躍している人が多い企業はしっかり生き残っています。

【廣田】正しい人事データを構築して、社員のエンゲージメントや組織の生産性向上、人材戦略、経営戦略に活用していく――。そんな人事が当たり前の世界を実現できるよう、私もしっかり貢献していきます。経営者の皆様にはぜひ、管理する人事と社員の可能性を引き出す人事を両軸として重視していただけたらと思います。

【冨永】“人事の「これからの当たり前」をつくり、お客様とともに進化する”。jinjerのこのミッションに基づいて、より多くの企業でより多くの人が活躍できるよう、私たちもお客様と一緒に進化していきます。当社は平均年齢31歳と若手社員が活躍する会社です。社員にはその若さとエネルギーをしっかり正しい方向に向けながら、自信を持ってお客様に訴えかけていってほしい。今後も、社員が自信を持って活躍できる組織、お客様にとっての正しい人事や経営スタイルを一緒につくっていける組織を目指して経営に取り組んでいきます。

クラウド型人事労務システム「ジンジャー」コンセプトムービー