9歳にして「ユウキ!」コールが巻き起こった
「先生、面白い子が入ってきたよ」
練習に行くと、下級生担当のコーチが息を弾ませ駆け寄ってきた。見に行くと、ボールが手のひらに吸い付くようなドリブルをしていた。3年生になると、試合でスーパープレーを見せるようになった。相手を背中で巻き込むようにバックターンをしてシュートを決めた。ノールックパス(受け手を見ずに出すパス)などトリッキーなプレーは、スタンドで応援する仲間の親たちをも虜にし、9歳にして「ユウキ! ユウキ!」とコールされた。
河村がこの時点ですでに会得していた高い空間認知力やパスセンスは「NBAマニアだったお父さんのおかげでしょう」と森本は言う。往年のNBAスター、マジック・ジョンソンやマイケル・ジョーダンの大ファンだった父親が集めたビデオを、河村は就寝前に毎日のように観ると聞いた。
「ルーズボールを追いかけず、怒られた」
上級生の試合に起用し始めた4年生のころだった。森本は、河村を初めて怒った。練習試合でルーズボールを追いかけなかったからだ。
「頭がいい子ほど、転がるボールに自分が追いつけるかどうかを見極めようとします。ただ、追いかけないと本当に追いつけるかどうかわからないし、追いかける姿が仲間を勇気づけることだってある。そこは小学生までに伝えなくてはいけません」
勇輝! なぜ追いかけないんだ!
怖い顔でそう怒ったらしい。らしい、と書くのは、そのときのことを森本はあまり覚えていないからだ。河村がBリーグの横浜ビー・コルセアーズに所属していたころ、試合を観に行った森本は河村と並んで地元放送局の取材を受けたことがある。その際「森本さんに怒られたことはありませんでしたか?」と尋ねられた河村本人が「ルーズボールを追いかけなくて怒られました」と答えたのだ。
忘れていた森本は隣で「そんなことを覚えていたのか?」と驚かされた。一度も怒った記憶がなかった。目を丸くする恩師の横で、河村は「あのとき追いかけなくて怒られたので、そこからルーズボールは最後まで追うようになった」と胸を張った。


