「以上、織田信長と武田信玄の戦い方を比較してみました。織田はいろいろなことを試しながら、負け戦だと判断したらさっと引く。企業経営でいえばスピード感を持って事に当たるということです。今回、われわれは武田ではなく織田でいかなければいけません」

さる製薬大手の関連会社にアプローチしたK.I.T.(金沢工業大学)虎ノ門大学院主任教授の三谷宏治氏が、成約に至る最終段階で持ち出したのは戦国武将を登場させる例え話だった。

「ストレートにいうだけでは印象づけるのが難しいので、私はよく例え話を使います。このときは武田対織田の話を出すことで、従来とは違う方向に経営を変えなくてはいけないですよ、というメッセージを伝えたのです」

聞き終えた役員陣からは、低いどよめきとともに笑い声が漏れた。比喩のなかに、なんとも苦いユーモアが含まれていたからだ。

実は「武田」とは親会社の名前である。大資本の傘下で従来どおりの堅実経営を続けるのか、一歩踏み出すのか。三谷氏は象徴的な固有名詞を使うことで、経営陣にその覚悟を問うたのだ。

日本コカ・コーラ元会長 魚谷雅彦氏の経験は、派手である。

日本コカ・コーラの副社長時代、ロンドンで開かれるコカ・コーラグループの重要な国際会議が、たまたま日本法人が主催する一大イベントの翌日に設定されてしまった。航空便のスケジュールを確認してみると、掛け持ちは無理とわかった。だが、魚谷氏にはどうしても両方に出席しなければならない事情があった。

「翌年に日本市場で攻勢に出るため、広告費などの予算をかなり追加してほしいと要請するつもりでした。そういう事情があることを本社のCEOに伝えると、新調したばかりのコーポレートジェットを使えといってくれたのです」

最新型の社用機で魚谷氏は深夜に成田を出発し、翌朝5時にはロンドンに着くことができた。そして会場に到着した魚谷氏、こんなふうに演説を始めた。

「すばらしいコーポレートジェットを使わせてくれてありがとう。おかげでぐっすり眠れたし、快適にここまで来ることができました。本当に感謝します。でも1つ、謝らなければならないことがありまして……。気分が悪くなったので、飛行機のなかで戻しちゃった」

騒然とする場内。CEOの周囲に目をやると、側近たちは全員、真っ青な顔をして固まっている。そこへ一言。

「冗談です(it's a joke.)」

大爆笑が起きた。

一気に場の空気をつかんだ魚谷氏は、予定どおり追加予算要求のためのスピーチを行った。もちろん「それだけが原因ではない」(魚谷氏)ものの、巨額の追加予算は、異例なことにその場でCEOの承認を受けたという。

魚谷雅彦 日本コカ・コーラ元会長
1954年、奈良県生まれ。同志社大学卒業後、ライオン入社。83年コロンビア大学でMBAを取得。94年日本コカ・コーラ入社、2001年社長に就任、06年より現職。07年7月より1年間NTTドコモ特別顧問を兼務する。近著は『会社は変われる!ドコモ1000日の挑戦』。

三谷宏治 K.I.T.虎ノ門大学院 主任教授
1964年、大阪府生まれ。東京大学理学部物理学科卒業後、BCG、アクセンチュアを経て、2006年より教育世界に転身。現在は大学教授、著述家のほか、子供、親、教師向けの講演者として活動。近著は『経営戦略全史』。