不倫相手の“抹殺”を頼まれたことも

フライ級のトップクラスにいる南アメリカ出身のボクサーも、仕事仲間の一人だ。ビッグタイトルマッチのために来日していたこのボクサーが、ザペッティに百万円を握らせ、自分の妻の不倫相手を“抹殺”してくれと頼んだことがある。相手の男は南アメリカ出身の無冠のミドル級ボクサーで、彼も試合のために来日中だった。

ザペッティは不倫男を、もうもうと煙のたちこめた銀座の韓国料理店に連れていった。するとミドル級ボクサーは、二日もしないうちに、飛行機に乗ってそそくさと帰国した。

この結末はかならずしもフライ級ボクサーの思惑どおりではなかったが、文句を言っている場合ではなかった。彼の妻が、すでに別の男とねんごろになっていたからだ。

海老原という若者のケースもある。ある日、海老原と名乗る五十代後半の母親が、〈ニコラス〉横田店にやってきて、店主に頭を下げた。過ちを犯して少年院に入っている息子の、スポンサーになってほしいという。

もともと犯罪者に同情的なニックは、二つ返事で引き受け、釈放された海老原少年に、キッチンでの肉体労働をあてがった。

日本のヤクザからも狙われていた

まもなく少年は、新しい雇い主のところにやってきて、こう言った。

「少年院から出してくれて、ありがとうございました。すごく助かりました。ええと、人から聞いたんですけど、マスターはとても強いそうですね。おれ、ボクサーになりたいんです」

ザペッティはレストランの裏庭で、少年の反射神経と運動能力をテストすることにした。幅三十センチ長さ一・五メートルほどの板を、麻縄でぐるぐる巻きにして地面に突き立てる。それにパンチを加えさせ、板が跳ね返ってくる前に、機敏に避けられるかどうかをチェックするのだ。結果はすばらしかった。あまりにもすばらしいので、ザペッティは若者を、知人の経営する目黒のボクシング・ジムに連れていくことにした。野口という右翼である。

「野口さん、この坊主はすごいパンチ力を持ってますよ」

海老原がタイのポーン・キングピッチに世界タイトルマッチを挑むのは、その後まもなくのことだ。

「東京のマフィア・ボス」と呼ばれるからには、つねにヤクザに囲まれていることを覚悟しなければならない。

案の定、〈ニコラス〉には東声会の面々がひっきりなしに食事にやってきた。