国を守った対価として与えられた選挙権

第一次世界大戦は、人類が初めて本格的に「総力戦(Total War)」に乗り出した瞬間であった。国民の数%ではなく、すべての国民がまさに国家総動員体制で戦わなければ勝てない戦争になっていたのである。そして「国を守る」という最大の責務を果たしたのであるから、戦後には最大の権利も与えられてしかるべきであろう。

君塚直隆『教養としてのイギリス貴族入門』(新潮新書)
君塚直隆『教養としてのイギリス貴族入門』(新潮新書)

それが選挙権であり、被選挙権であった。大戦終結の年(1918年)には21歳以上の男子と30歳以上の女子に国政選挙での選挙権が付与されることになった。さらに10年後の1928年には女子の選挙権も21歳に引き下げられた。

こうした状況はなにもイギリスだけに特異な現象ではなかった。世界大戦は、勝った側でも負けた側でも、男女普通選挙権をもたらす重要な契機になっていったのである。

さらに大戦に敗北した側では「帝国」まで崩壊した。それまでのヨーロッパ国際政治に500年以上にわたって君臨してきたハプスブルク帝国、戦前にはヨーロッパの中核的な位置にあったドイツ帝国、さらに一時はヨーロッパ全体を恐怖に陥れたオスマン帝国が、それぞれ消滅していった。さらに大戦の緒戦でドイツ側に連敗し、ついには国内の革命で倒壊させられたのが、ロマノフ王朝のロシア帝国であった。

ジェントルマン階級の終焉

大国のなかで唯一、帝国と君主制とが維持されたのがイギリスだったのである。しかしそのイギリスでも、もはやかつてのヴィクトリア時代とは異なり、貴族政治(aristocracy)から大衆民主政治(mass democracy)へと政治の主体は大きく変わっていた。大戦の終結から6年後(1924年1月)には、ついに労働党の単独政権が樹立されるにいたる。

イギリス貴族の性質自体も大きく変わった。1922年の時点で、イギリスにいた680家の爵位貴族のなかで、由緒正しき地主貴族は242家だけとなり、数のうえでは実業界出身の貴族(272家)に抜かれてしまったのだ。この他の貴族は、弁護士や医師、高級官僚や海陸の軍人など専門職(プロフェッション)階級で占められるようになり、もはやジェントルマン階級が上流階級を支配したような時代は終焉しゅうえんを迎えつつあった。

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