ろくに入浴しない老父は不衛生極まりないベッドに寝ている。粗相をして臭うけれど、着替えようともしない。同居する40代娘は「ゴミを捨てようとしない態度に何度も殴ってやろうと思った」という。娘は今、パーキンソン病で認知症の母親の介護をしている。父親も自宅内で転倒を繰り返すなど衰えが激しいものの、「俺は平気だ」と強がる。要介護の状態になるのは時間の問題だが、娘はある覚悟で臨む決心をした――。(後編/全2回)
年代物のしみがついた枕カバー
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前編のあらすじ)20年間の婚姻生活にピリオドを打ち、実家に戻ってきた40代の娘。80代半ばの両親が住む家は完全なゴミ屋敷だった。ゴミの中には大量の新品のフライパンや鍋がなぜか50個以上もあり、冷蔵・冷凍庫3台には5年前の食材がぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。コロナ禍で帰省しなかった2年の間に親に何が起きたのか――。

両親のセルフネグレクト

白馬吉子さん(仮名・40代)は夫と離婚し、80代の両親が住む実家に戻った。実家は庭も家の中もゴミで埋め尽くされていた。

なぜ、こうなったのか。実は、母親は78歳の時に「心房細動」を発症していた。

心房細動とは、心房と呼ばれる心臓内の部屋が痙攣し、うまく働かなくなってしまう心臓の病気だ。心房細動は不整脈の一種で、動悸どうき、めまい、脱力感、胸の不快感、息苦しさといった症状が出ることがあるが、自覚症状がない場合もある。母親は心配をかけまいと娘に話していなかったのだ。

心房細動を発症して以降、母親は外出をしなくなってしまい、買い物は父親がやっていたようだ。父親は60歳の時に受けた脊柱菅狭窄症の手術後、多少の後遺症が残りながらもなんとか歩けており、まだ電動機付き自転車にも乗れていた。だが、母親に食べたいものを聞くことはなく、自分の食べたいものだけ買ってきて、母はそれをもらっていた。

もともと身内を下に見ている父親は、体調が悪くなり、家事ができなくなった母親を事あるごとに大声で叱責していたようだ。

白馬さんが同居後、父親の寝具類の洗濯をいつしたかを母親に聞いたところ、「私は洗濯したことがない」と返答。そこで、「黄ばんでいるし、ひどい臭いがするから洗濯させて」と訴えたが、「必要ない」の一点張りだった。

「ゴミに埋もれ、食べこぼし、ほこり、フケ、垢だらけの部屋と、害虫の卵がたくさんついた万年床、同じく掃除したことのない空気清浄機、エアコンのフィルターを何とかしろと言って、お互い罵詈ばり雑言の大喧嘩を父ともう何回したことか……。一緒に生活している私や母は大迷惑だと言っても、『俺は平気』。ゴミを捨てろと言っても、『全部必要な物』と言い張り、会話にならないので、本気で殴ってやろうかと思いましたが、その度に母に止められました」

父親の「頭の中」がまったく理解できずに困り果てていた白馬さんは、必死になってネットで検索したところ、「これだ!」と思い当たる。それは「高齢者のセルフネグレクト」だった。

「高齢者のセルフネグレクトとは、ほとんど食事をとらない、自分の体や着衣の清潔を保たない……といった行動のこと。自分の体が生命を脅かす健康上の問題を抱えている可能性があっても、医師の診察を受けず、診察を受けても治療を拒否し、処方薬を飲まない。再診も受けない。家は不潔で、荒れて、動物や害虫がはびこっている場合もある……。どれも両親に当てはまることばかりでした」