診断を下してもできることは限られている

【高橋】さらに、お母さん自身が思い悩みすぎて、すでに不幸になっている場合もある。まだ、何の診断もついていないのに。だから僕は、診断に基づいて生活環境を変えること(介入)でお子さんやご家族の苦しみを和らげることが期待される場合を除いて、発達障害という診断名を告げることには慎重です。特にASDについてはね。

多少の疑いはあっても、あえて「ご心配はわかるのですが、自閉症とは言い切れないですね」っていうことも多いです。そのような曖昧ともとれる言い回しがご家族のためにはむしろいいと思える場合も多いからです。

お母さんの悩みはもちろんしっかりと聞きます。親の持つ違和感というのは、小児科の診断においてとても大事なことだからです。でも、2歳や3歳ではそもそもASDについて確実な診断をつけることは、一部のお子さんを除いてなかなか難しいのです。さらに、ASDという診断をつけても、つけなくても、お子さんに対してしてあげられることは大差ないのです。

もし、お子さんが、すでに療育(*1)の施設や教室に通っているというなら、「お子さんが楽しめているか」「お母さんの負担になっていないか」、その2つに気をつけてくださいと伝えます。なぜなら、頑張っているのに成果が出ないとなると、お母さんも苦しくなってしまうからです。

療育については、どんなに頑張って続けたところで、お子さんが突然、劇的に変わるということはありません。さらに、よくならないばかりか、成長するにつれて、ますます困難が増していると感じられることもあるかと思います。でも、それは療育を始めるタイミングが遅かったとか、やり方が間違っているとか、お母さんやお父さんの責任ということではないとお伝えしています。

(*1)療育:治療的な要素を持たせた教育を指す。通常の保育や教育とは違い、障害のある子ども向けに特別に設定された教育的なプログラム。自治体が運営する児童発達支援センターのほか、民間の教室などがある。

親と話す小児医師
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親による「過剰診断」が増えている

【黒坂】社会生活が広がっていくから、困難も増えていく可能性があるということですね。

【高橋】その通りです。もしも困難が増えずに一定レベルを維持したまま、お子さんの社会生活の範囲が広がっているとしたら、それは進歩していることになるんです。でも、頑張っているお母さんにしてみると、現状維持では納得ができないんですね。

【黒坂】でも、「ASDじゃありません」と断言してしまって、問題はないんですか?

【高橋】発達障害と断言できるお子さんはむしろ少ないということです。そして現代のように発達障害に関する情報が簡単に手に入る状況では、親御さんによる“過剰診断”がどうしても多くなる。すると「発達障害ではありません」と断言してあげたほうがいい場合が、相対的に増えてくるわけです。