外資系企業で生き残ってきたエリートの面影が消えてしまった

何かきっかけになるような出来事がなかったか聞いてみるとAさんは、4月頃に古い友人が趣味でやっている劇を見に行ったことを話してくれました。その友人は20~30代の頃、同じ会社で一緒に切磋琢磨せっさたくました仲でしたが、結婚や子育てを機に外資系のハードな世界から退き、日本企業で働いているとのこと。数年に1回は夫婦で食事をする関係がコロナ前まで続いていたことを教えてくれました。

コロナ明けにその友人夫婦が趣味でやっている劇団の劇を観に行ったとき、心から楽しそうに演じている友人の姿を見て、素直にうらやましく思い涙が出てきたとのことでした。

空席になった劇場の赤い椅子
写真=iStock.com/maksicfoto
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思えば自分には、心から楽しみ没頭できる趣味は何もない、一緒にする人もいないと感じたとおっしゃったAさんの表情には、外資系企業でこの年齢まで生き残ったエリートの面影は全くありませんでした。

仕事に向けていた情熱を向ける対象がない

Aさんは、仕事に向けていた情熱が冷めてしまったが、他にその情熱を向けるものもない状態と思われました。もう、仕事を辞めてもいいのではないかと感じるが、その時間やエネルギーを何に向けたらいいのかわからないのです。

今現在、職場でAさんは引き続きハイパフォーマーです。しかし、自分の今のやる気は過去と比べて落ちてしまっている。この状態ではいずれパフォーマンスは落ちるだろう。それは今の地位やキャリアに傷をつけるし、プライド的にも受け入れられない。そうなりたくないという気持ちだけが今働く唯一のエネルギーだが、これは健全ではない、ということも自覚しているとおっしゃいました。

私にはAさんに今、即効性のある対策の処方箋はありませんでした。しかし、その後もAさんは定期的に産業医面談に“雑談”をしにこられるようになり、まずは趣味を作るべく、いろいろなものにチャレンジしている今日この頃です。

Aさんがどのように変化していくのか。産業医の私も次の面談をいつも楽しみにしています。