箱根駅伝の隆盛とともに各大学には指導を専任とするプロ監督が増えている。スポーツライターの酒井政人さんは「関東地区の指導者は箱根駅伝によって生活が潤っている、との指摘や、選手スカウトを巡って一部でモラルが完全に崩壊しているとの指摘もある」という――。(後編/全2回)

※本稿は、酒井政人『箱根駅伝は誰のものか「国民的行事」の現在地』(平凡社新書)の一部を再編集したものです。

都内電車内に掲出された99回大会の中吊り広告
撮影=プレジデントオンライン編集部
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箱根駅伝は監督のためにあるのか

箱根駅伝は学生ランナーの“夢”でありながら、選手たちの人生を翻弄ほんろうしている。

では、箱根駅伝は誰のためにあるのか。筆者の問いに、ある大学の監督(プロ監督ではなく、教員監督)はこう言い切った。

「学生のためではないでしょうね。私は関東学連とも思いません。箱根駅伝を共催している読売新聞や特別後援している日本テレビ。あとは自分の地位を守りたい、大学の監督のための駅伝だと感じています。読売新聞と日本テレビは広告収入を考えても収益があります。関東地区の指導者(監督、コーチ)は箱根駅伝によって生活が潤っていますから。そのせいか、指導者も選手と同じでカン違いしている者がいます」

現在、箱根駅伝を目指して本格強化している大学は40校以上あるだろう。25年ほど前はわずかな手当てでやっていたOB監督や教員監督が中心だったが、近年は陸上部の指導を専任とする“プロ監督”が増えている。箱根駅伝の注目度がここまで高くならなければ、現在のような状況にはならなかったはずだ。

監督の影響力という意味では、第96回大会(20年)で青山学院大学が2年ぶり5度目の総合優勝を飾った直後の記者会見で原晋監督が最初に発した言葉を思い出した。

「4連勝をさせていただいた頃は当たり前のことを当たり前のようにやった結果として優勝できました。特に感激が湧き上がることはなかったですけど、昨年敗れまして、原の活動を否定する者もなかにはいらっしゃったように聞いております。私は陸上界の発展のために、スポーツ団体に負けない組織作り、魅力作りのアイディアを各媒体などで発信しております。そのことを追求していくためにも、やはり勝たなければいけないという思いが私の心のなかにありました。それで1年間、ある意味、私のわがままを聞いてくれた学生たち、特に4年生に感謝したいと思います。本当にありがとう、そんな気持ちで一杯です」

筆者には原監督が自身の“ブランド力”をキープするために、「勝ちたかった」と聞こえてしまったのだ。「箱根駅伝は監督のためにある」と思われても仕方ないだろう。

原晋監督はテレビのバラエティ番組で自身の年収を「プロ野球監督ぐらい」とコメントしており、2~3億円もの年収があるようだ。その内訳はというと、問い合わせだけで年間1000件は超えるという講演会(1回の報酬は100万円以上)が大きい。なお原監督は2019年度から大学教員になったため、青山学院大学からの給料は下がったようだ。

原監督ほどではないが、学生長距離界の指導者は“報酬”が良い場合が多い。筆者がこれまで取材で聞いた話では、プロ監督は年収1000万円前後が多く、なかには2000万円ほどの報酬が出ている指導者もいるようだ。プラスして成功報酬を受け取っている監督もいるという。一方、職員(教員)監督は、各大学に準じた給料となる(監督としての報酬は基本発生しない)。

プロ監督の方が報酬は高くなるが、結果がすべて。強豪大学のある監督は、「箱根は陸上界にとって悪ですよ」と本音を漏らしたことがある。それは「世界」につながらないという意味だ。大学としては、オリンピック選手を輩出するより、箱根駅伝に出場する方がPRになる。当然、指導者も箱根駅伝で活躍できるチーム作りを期待される。それが現在の箱根駅伝の構図。人気が高すぎるゆえの弊害だ。