亡くなる十日前に妻が「あなたに尽くした」と言った理由

(妻を亡くして)この世にねぇ、こんな寂しいことがあるとは知らなかった。
秋の空が晴れれば晴れるほどに悲しみがつのります。


俳優 森繁久彌ひさや

長年連れ添った妻を亡くしたのは、7年前でした。

人柄がよく、優しくて頭がよく、多くの人に好かれた女性です。妻自慢ではありません。本当にそうなのです。

一方、私は非常にわがままな性格で、自分の責任で失敗した怒りを妻に向けたりしていました。

また、自信を持ちにくい性格なので、「自分と一緒になって本当に幸せだったのか」「彼女は誰と結婚しても必ずうまくやり、幸せになったのではないか」と、いつも悩みました。

そのため、「俺と結婚したことを後悔していないか」と何度も聞きました。彼女はそのたびに「そんなことはありません」と答えてくれました。

ただ、亡くなる十日ほど前に「私は、あなたには尽くしました」とふと言ったことを覚えています。

ベッドに横たわる高齢女性
写真=iStock.com/KatarzynaBialasiewicz
※写真はイメージです

「優しくすればよかった」と悔いないように今始める

妻を亡くす思いを最もよく表しているのは、小津安二郎おづやすじろう監督の映画『東京物語』です。

広島県尾道おのみちに老夫婦で住む笠智衆りゅうちしゅうさんと東山ひがしやま千栄子さんが、東京の子供たちを訪ねます。しかし、みな自分の生活で精いっぱいで、二人は自分たちは邪魔者なのだと感じて故郷に戻ります。そして妻が急死してしまうのです。

ラストは、笠智衆さんが隣の女性に挨拶され、「こんなことなら、生きているうちにもっと優しくしてやればよかったと思いますよ」「一人になると、急に日が長くなります」と応じて終わります。

私は、この「もっと優しくすればよかった」という言葉こそ、妻を亡くした男性の心の叫びだと思っています。

亡くなった家族はどこに行くのでしょう。どこかにいるのでしょうか。

「あなたの心の中にいる」と言う人もいます。「天井のほうから見守ってくれている」などと言う人もいます。どれも信じられません。

妻が亡くなったあと、歌人、窪田空穂うつぼさんの「そのに 捕えられんと 母が魂蛍たまほたると成りて 夜を来たるらし」という歌を見つけました。

亡くなった妻が、残した子のことを心配し、蛍になって姿を現したという歌です。蛍は「自分をつかまえてごらん」と言っているのでしょう。もし、そういう生まれ変わりがあるとしたら、私も妻にまた会いたいと思っています。