源氏物語』は「世界最古の小説」として知られている。なぜそのように言い切れるのか。英語学者・評論家の渡部昇一さんの著書『決定版・日本史[女性編]』(扶桑社新書)より、一部を修正して紹介する――。
紫式部の姿と歌
紫式部の姿と歌(画像=ウェブサイト「やまとうた」/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

『神曲』の300年前に書かれた本物の小説

紫式部は藤原為時の娘である。為時が花山天皇即位に際して式部大丞だいじょうに任ぜられ、少女時代に式部丞をやっていたことから、藤式部とうしきぶと呼ばれたが、のちに『源氏物語』が知られるようになってから、尊敬の念をこめた呼び方として紫式部が定着した。

『源氏物語』は紫式部の娘時代に父親が越後勤めとなった時に同行、その頃から書き始めたという説がある。『源氏物語』はダンテの『神曲』よりも300年前に書かれており、しかも、『神曲』とは異なり、本物の小説であった。

さらに重要なことは、この膨大な小説が世界で最初の小説であることである。それを女性が書いていることで、しかもそこに使われている膨大なる言葉の中に漢語がほとんどないということである。

官位を表す、たとえば「頭中将とうのちゅうじょう」という場合の「中将」という名詞などについては、当時、唐の制度を入れていた関係で致し方ないものの、普通の言葉のボキャブラリーとして、漢語がゼロに近いということはすごい。

ほとんど漢語を使わず、大和言葉ほぼ100%

当時は唐の最盛期も過ぎた頃ではあるものの、その影響を受けずに、あの大文学を漢字のボキャブラリーを使わないで完成させたことは感嘆すべきことである。

それはルネッサンスの後に、イギリス人がラテン語圏の言葉を使わないで、ゲルマン語系ばかりの単語で文学を完成させたことに等しい、まさしく偉業である。

たとえば14世紀にイギリス人のチョーサーが書いた『カンタベリー物語』などはほとんどフランス語で書かれたフランス文学だとフランス人は冗談半分に言っているし、シェイクスピアにしても数えてみれば半分ぐらいは外国語が交じっている。しかし、紫式部は官職の名前みたいなものを除けば100パーセント近く大和言葉だけで大河小説をものにしたのである。