お金に余裕があるほうが幸せなのは、貧しいとさまざまな場面で選択コストがかかるからです。財布に1000円しかないときに、スーパーマーケットへ買い物に行くと、予算内で一体何が買えるのか計算しなければなりません。財布に3万円入っていれば、値札も見ずに欲しいものをカゴに入れて、さっさと精算して店を出ればいいだけです。ある程度のお金があれば、どれを選んでどれをあきらめるか頭を悩ませる必要がないので、そのぶん確実に幸福度が上がります。

ヒトの脳は内臓のなかでもっとも大きなエネルギーを消費する器官なので、できるだけ省エネするように進化してきました。頭を悩ませると脳のエネルギーを使うので、不快に感じ幸福度が下がります。逆に、面倒なことを考えなくても済むほうが幸福度は上がる仕組みになっています。

お金があれば将来の不安も解消します。銀行の残高が5000円しかないのに給料日まで10日あれば、誰だって不安になるでしょう。残高が100万円なら、家賃の支払いや子どもの給食費の心配をする必要はありません。不安も脳のエネルギーを消費するので、お金によって脳のリソースを省エネできれば幸福度は上がります。

実際のところ、幸せを感じるのに大金は必要ありません。日本の大学の調査では、年収ベースで800万円を超えると幸福度は大して上がらなくなります。これは1人あたりの金額なので、子どもがいる夫婦なら、世帯年収で1500万円程度でしょう。これくらいの収入があれば、世間一般で「幸せ」といわれていることはおおよそできます。都心のこぎれいなマンションに住んで、時には近所のビストロでおいしいものを食べ、年に1回か2回は海外旅行に行く。それをタワーマンションの最上階や、ミシュランの星付きレストランにアップグレードしても、幸福度はたいして上がらないでしょう。

【図表】一定を超えると得られる幸せが減る「限界効用逓減の法則」

ますます複雑化する現代社会の最大の問題は、お金の制約よりも時間の制約です。高所得の人は一般に多忙なので、そもそもお金を使う時間がありません。その結果、ある程度の年収を超えると、ただ銀行口座の残高が増えるだけになります。

評価されるものにお金と時間を使え

では、どうすればいいのでしょうか。まずは「幸せとは何か」を考え直してみる必要があります。そもそも「幸せ」という気持ちは、「嬉しい」「悲しい」などと同じく人間の感情の一つです。進化心理学では、こうした感情はすべて進化の過程でつくられてきたと考えます。生き延びて子どもをつくるのに有利だったからこそ、さまざまな感情を持つように進化したのです。

お金の歴史はたかだか2000〜3000年しかありません。それに対して、チンパンジーやボノボとの共通祖先から人類が分岐したのは500万年ほど前です。私たちが貨幣を使っている期間は、長い人類の歴史から見れば一瞬ですから、そもそも「お金があれば幸せになれる」ように脳は設計されていないのです。

だったらどうすれば幸せになれるかというと、それは「他者からの評判を得ること」しかありません。ヒトは徹底的に社会的な動物なので、共同体のなかで評価されれば幸福度が上がり、無視されれば殴られたり蹴られたりするのと同じような痛みを感じます。これが脳の基本設計です。

どれほどたくさんお金を持っていても、他者がそのことを知らなければ意味がありません。だからこそ、豪邸やスーパーカー、ブランドものなどで富を見せびらかす「顕示的消費行動」が起きます。高額な買い物の動画をSNSに投稿するインフルエンサーがいますが、これもお金の目的が贅沢ではなく、「いいね」によって社会的な評価を高めることなのをよく示しています。ただ最近は、トランプ前大統領のような成金趣味はバカにされるようになったので、顕示的消費もスマートにやらないと逆効果になるようですが。

幸せになるには他者から評価されることが大事だとすれば、自分が好きなこと・得意なことに人生の資源を投じるのがもっとも効果的です。