2011年に死去したハプスブルク家当主のオットー大公が、20年以上前からロシアとプーチン大統領の危険性を警告していたとして、生前の発言があらためて注目を集めている。皇室・王室ライターの中原鼎さんは「当時は誰も耳を貸さなかったが、ウクライナ侵攻が起き、オットー大公の発言が再評価されている」という――。
乾杯する中国の習近平国家主席(左)とロシアのプーチン大統領=2023年3月21日、中国・モスクワ
写真=AFP/時事通信フォト
乾杯する中国の習近平国家主席(左)とロシアのプーチン大統領=2023年3月21日、中国・モスクワ

アカデミー賞受賞映画『ナワリヌイ』に名門の影

2020年8月20日、ロシアの反体制指導者として知られるアレクセイ・ナワリヌイ氏がおそらく露当局の手によって毒殺されかけ、世界は大きな衝撃を受けた。

時は流れて今年3月12日、この暗殺未遂事件などを取り上げた映画『ナワリヌイ』が、アメリカでアカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞に輝いた。

ロシア政府の暗部に切り込んだこの映画は、ウクライナ侵攻が始まった後に公開されたことも影響して、日本でも大きく注目された。だが、ヨーロッパ随一と言われる名門が製作に深く関与していたことは、どの国でもほとんど知られていない。

製作スタッフ陣をみれば、アソシエイト・プロデューサーとしてグロリア・ハプスブルクという女性を確認できる。その姓が示す通り、第1次世界大戦が終結するまで中欧に君臨していたあのハプスブルク家のご令嬢だ。

『ナワリヌイ』製作の立役者となったハプスブルク家

どうして『ナワリヌイ』にハプスブルク家が名を連ねているのか。監督のダニエル・ロアー氏によれば、この映画はそもそも次のような経緯で製作が始まったのだという。

「2020年の初めごろに、カール・フォン・ハプスブルクが私に近づいてきて言いました。『アレクセイ・ナワリヌイという人をご存じですか? 彼を毒殺したがった人々についての手がかりが得られるかもしれません』と」

カール・フォン・ハプスブルク。先述のグロリア嬢の父親で、ごく短期間ながら欧州議会議員も務めたハプスブルク家の現在の家長だ(以下「カール大公」)。

彼の『ナワリヌイ』への関与はこれだけではなかったらしい。ロアー氏はこうも語っている。「彼はナワリヌイ氏の親友で協力者でもある著名なブルガリア人ジャーナリスト、クリスト・グローゼフ氏を紹介してくれました」

毒殺未遂事件が2020年8月の出来事だったことを思うに、同年の初めごろにカール大公がその話題を口にしたというロアー氏の回想はまずありえない。彼には若干の記憶違いがありそうだが、カール大公が映画『ナワリヌイ』の陰の立役者だったこと自体は間違いないだろう。