教育は遺伝に勝てるのだろうか。慶應義塾大学文学部の安藤寿康教授は「子供の性格の多くが遺伝的な影響を受けてしまうため、親が与える影響はあまり大きくない。シチュエーションによって性格が変化することはあるが、親の影響によって“良い子”に育つわけではない」という――。(第1回)

※本稿は、安藤寿康『教育は遺伝に勝てるか?』(朝日新書)の一部を再編集したものです。

胎児のイメージ
写真=iStock.com/Rasi Bhadramani
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子育てと遺伝はどのような関係にあるのか

本稿は行動遺伝学の第一原則である「いかなる能力もパーソナリティも行動も遺伝の影響を受けている」という科学的事実に従って、子育てについて考えようとしています。しかしそもそも本当に人間の能力やパーソナリティは、そんなにはっきりと遺伝の影響を受けているといえるのでしょうか。

それ以上に環境の影響を強く受けているものなのではないのでしょうか。そして環境によって、行動はいかようにも変わりうるものなのではないでしょうか。人間の能力やパーソナリティ、その成長に遺伝の影響がどのようにあらわれているかを教えてくれる興味深い事例がいくつかあります。たとえば、別々に育てられた双子が同じ教科に興味を示し、同じ場所で休日を過ごし、息子にまったく同じ名前をつけていた、といったような事例です。

とはいえ、ある一組のふたごのお話はあくまでも、そのふたごについてのただの逸話にとどまっていて、どの人にもあてはまる普遍的な科学的事実とはいいがたいものがあります。いったいそれがどこまで遺伝の影響力についての科学的な事実といえるのか、信憑性と説得力に欠けると思われても仕方ありません。

実際には、私も含めて行動遺伝学者たちは、このような驚く逸話集めではなく、きちんとした心理学的なデータを統計的に分析することを第一に研究を行ってきています。ブシャードのプロジェクトでは実に一人当たり1万5000項目もの心理学的調査が行われているのです。これからその科学的な心理学的調査の結果をご紹介いたしましょう。