信用金庫の跡地を見つけて

この「無店舗展開」をしているなかで心惹かれたのが、千葉県の鋸南町。「田舎暮らしに興味もなかったし、二拠点生活するつもりなかった」そうだが、知り合いから呼ばれて二度訪問すると、不思議と町に「場の力」を感じた。

それから何度か遊びに行くようになり、できたばかりの知り合いとの話の流れでひとつの物件を借りることになった。450平米ある広々とした建物で、家賃は東京では考えられないほどの格安。2019年10月、ここを改装し、アーティストのレジデンスとコワーキングスペースを融合した施設「鋸南エアルポルト」としてオープンした。

しかし、契約開始の直前に巨大な台風15号が千葉の房総半島に直撃。さらに半年後には新型コロナウイルスのパンデミックが起こり、「鋸南エアルポルト」に人を集めること自体が難しくなってしまった。

それでも佐谷さんは、東京湾を横断する東京湾フェリーで鋸南町に通い、東京で1週間、鋸南町で1週間という二拠点生活を続けた。

その時に駅前の建物を片付けているのを見て気になり、知人に尋ねたところ、「信用金庫の跡地なんだけど、金庫があるから誰も借りてくれないんじゃないと大家さんが心配している」と聞いた。その瞬間、閃いた。

「2005年に日本パクチー狂会を設立してからずっと、希望者にパクチーの種を渡して育ててもらう活動をしていて、やがてその活動を『パクチー銀行』と呼ぶようになりました。僕がここ借りて『パクチー銀行』という看板を掲げたら話題になって、この町が盛り上がるきっかけになるかもしれないと思ったんですよ」

のぼり
筆者撮影
パクチー銀行内に掲げられているのぼり。

グラミン銀行を意識して始めたパクチー銀行

パクチー銀行は、土地などの担保を持たない貧困層に融資をする、バングラデシュで生まれた「グラミン銀行」を意識した活動だ。

なにをするにもお金が必要な現代にあって、自分で種から育ててパクチーを食べるという行為は、お金を必要としない。便宜上「銀行」という名前を付けているが、返済も不要。ギブ・アンド・テイクではなく、種をギブすることによってパクチーを広めてほしい、さらにこの小さな活動が資本主義の次の経済について考えるきっかけになればという壮大な思いが込められている。

パクチー銀行は全国に広まっていて、約30の「支店」がある。そこで育ったパクチーの種を集めてさらに配るという活動を通して、佐谷さんの蒔いた種はあちこちで芽吹いているのだ。

信用金庫の金庫が今も残っている
筆者撮影
信用金庫の金庫が今も残っている。

前述したように、佐谷さんは元信用金庫の物件を借り上げ、2021年1月1日、「パクチー銀行」をオープン。月に数回、各地でパクチーハウスのポップアップなどを行い、週末を中心に鋸南町のキッチンに立っている。店内には貸しギャラリーもあり、アーティストの作品展示も行う。

週末は近くの鋸山に登る観光客が保田駅を利用するため、お客さんも増える。ゴールデンウイークには3日連続で70名前後のお客さんがきて、大忙しだったそうだ。

信用金庫跡地にパクチー銀行を立ち上げた
筆者撮影
パクチーの種を無担保で「融資」する。しかも「返済不要」だ。