さらに営業時間中、佐谷さんはビールを持って客席をまわり、乾杯しながら「元気? 仕事なにしてるの?」と話しかけた。そこから隣席にも会話を振り、お客さん同士をつなげていった。

「面白くない人っていないんですよね。ただ、それを表現する場所がない。だから、パクチーハウスはとにかく自由な雰囲気にして、ここなら自分を出していいんだという安心感のなかで、楽しんでもらいたかった」

佐谷さんには、忘れられないお客さんがいる。ある日、ひとりの女性客にお礼を言われた。

「転職しました。パクチーハウスのおかげです」

その女性の話を聞いて、驚いた。初めて来店した時、満席で立ち飲みスペースに案内されたという。すると、先に立ち飲みスペースで飲んでいた4人組の男たちが大声で仕事の話をしていて、最初は「うるさいな」と迷惑に感じていたそうだ。そのうちに「どう思います?」と話を振ってくるようになり、仕方なく応じながらも、「うざい」と思っていた。ところが、男たちの「仕事がいかに楽しいか」という話が頭から離れなかった。

自分は安定した仕事で、不満もない。1年に3回、海外旅行に行って、プライベートも充実している。でも、仕事を楽しむってどういう感覚なんだろう……? 帰宅後、改めて自分のキャリアを見つめ直した女性は、しばらく後に転職。その報告をしに、パクチーハウスに寄ったのだった。

「本当にやりたい仕事を見つけ、転職したのでお礼を言いに来ました」

オーナーの佐谷さん。
筆者撮影
パクチーハウス時代の思い出を昨日のことのように語る佐谷さん。

東日本大震災後に予約が急増

佐谷さんが経営する「旅と平和」は、決して順風満帆だったわけではない。2010年8月に開いたジビエ焼肉店「鳥獣giga」は不振を極め、半年で閉店。社員のリストラもせざるを得なかった。ジビエ焼肉店と同時期に開いた東京初のコワーキングスペースもまだ利用者が少なく、コストがかさんで翌年の東日本大震災直後には債務超過に陥りかけた。この危機を救ったのが、パクチーハウスだ。

「震災の後、自粛ムードがありましたよね。月に10回飲食店に行っていた人が週1回になったら、特徴のある店を選ぶでしょう。パクチーハウスは珍しいメニューだし、お客さん同士が話をする変わった店というのも知られるようになっていたせいか、一気にお客さんが増えました。特にひとりで来るお客さんが多かったですね」

震災後、心細い思いをしていた人も少なくないだろう。きっと、パクチーハウスの「交流」がもたらす温かみと安心感が求められたのだ。そして、その居心地の良さを知ったお客さんが次々とリピーターになり、前述したように、2011年5月から連日、予約で満席になった。