メディカルも選手と同じようにリスクを負っている

よく似た状況で思い出されるのは、2004年7月29日に国立競技場で行われたレアル・マドリードとの親善試合だ。オシムに二度もオファーを出した銀河系軍団は、これ以上ない豪華な顔ぶれだった。左サイドバックはロベルト・カルロス。中盤にベッカム、フィーゴ、グティで前線にラウル。ベンチにはジダンがいた。この特別な試合、オシムは「選手全員を出してやりたい」と言ってはばからなかった。

「ドクトール(ドクター)、山岸はいけるか?」

このレアル戦前、オシムから山岸智の先発出場を打診された。肉離れで離脱して4週間が経過。戦線復帰のタイミングをちょうど探っていたときだった。20歳の右サイドのアタッカーにロベカルとのマッチアップを体験させたかったのだろう。

圧痛はすでにない。筋力測定の値もOK。肉離れの復帰基準はすべてクリアしていた。池田は「問題ないでしょう」GOサインを出した。

後半5分。それまで快調にプレーしていた山岸は肉離れを再発。交代を余儀なくされた。肉離れの再発は治すのに時間がかかる。再起するまで結局8週間程度を要した。

池田は(怒られるのではないか)と気が気ではなかったが、このときもオシムは何も言わなかった。頭の中に、自分たちが言われたオシムの言葉が浮かんだ。

「メディカルも当然リスクを負うんだ。われわれはチームとしてリスクを冒している。だから、あなたたちも、ともにリスクを負う必要があるんだ」

「リスクを冒して失敗したら褒めてやるんだ」

これに関連する話はいつも示唆に富むものだった。

例えばプレミアリーグでは、それぞれのクラブのスター選手が出るか出ないかで客の入りが変わってくるうえ、テレビの放映権料にも影響を及ぼす。したがって負傷した選手の離脱や復帰にかかわるメディカルグループ、つまり池田らドクターやトレーナーも大きなリスクを背負わなくてはいけない――そんな話をたくさんした。そのたびに「リスクがないサッカーは面白くない」と言いながら首を小刻みに振るのだった。

「リスクを冒して失敗したら、褒めてやるんだ。その代わり、次に同じ失敗をしないようにすることを考えてもらう。そうやって選手は成長する」

池田は「もしかすると、僕らもそういうふうに成長させられたんでしょうね」と微笑みながら当時に思いを馳せる。

痛みの走るひざを両手で圧迫している選手
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レアル戦から3カ月後の10月17日に日本平スタジアムで行われた、Jリーグセカンドステージ第9節清水エスパルス戦。オシム体制2年目にしてスーパーサブにのし上がっていた林丈統は、膝の半月板を痛めていた。練習は出ていたが痛みはあり、エントリーメンバー18人に入れるかどうか微妙な状況だった。コーチングスタッフがいる場面で、オシムが池田のほうを見て言った。

「おまえが決めろ」

池田がオシムの信頼を得た証しだった。

え? なんでオレ? 一瞬たじろいだが「えー、(痛み止めの)注射をすればいけます」と答えた。