哲学や宗教論では会社は変わらない

不振企業の立て直しで、日本で最も有名な例といえば、稲盛和夫さん(2022年没)による日本航空(JAL)の再建でしょう。

稲盛和夫氏
稲盛和夫氏(写真=科学史研究所/Conrad Erb/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons

稲盛さんの日航改革では、「哲学を説いて回った」と言う人がいますが、私はそれが成功の真因ではないと思っています。

稲盛さんには「アメーバ経営」というメソッドがあります。これは職場ごと、少人数ごとにコストと利益を明示していく手法で、社員一人ひとりに「自分が会社にとってプラスのことをしているのか、マイナスのことをしてしまっているのか」が見えてくる。そうして「自分もまずかった」と思ってもらえるようにしたのです。

哲学や宗教論では会社は変わりません。稲盛さんはそのための手法を持っていたからこそ、短期間で日航を立て直すことができたのでしょう。

不振事業の立て直しを現場で実行した者の目線

――今年、『V字回復の経営』を決定版として大きく改められましたが、それはなぜでしょうか?

【三枝】私は現在、ミスミグループ本社の名誉会長を務めています。

ミスミの創業者だった田口弘さんは自らの代わりとなる経営者候補を探しており、先に述べた『V字回復の経営』のモデルとなった改革が終わった2001年に、私を社外取締役に招きました。そして、数カ月も経ないうちに私に社長を打診されました。

私が『V字回復の経営』を上梓したのは20年前のことで、最初に出した『戦略プロフェッショナル』は、もう30年前です。

その後に私が重ねてきた経営経験がそこには書いてない。そこで、今回、全面的に改稿して、ノンフィクションの「決定版」として書き下ろしたのです。

不振事業の立て直しを現場で実行した上場企業の当事者が、ノンフィクションでその改革について解き明かした本は多くありません。かつ、上から下まで一気通貫で改革コンセプトを共有できる手法を示したものはありません。日本の経営の停滞は長期化しているため、この本が提示している事業再生の手法は、発刊当時よりもむしろ、今の方がニーズとしては大きくなっているのではないでしょうか。