「仕事がつらい」という悩みへのAIの回答は…
こうしたAIによる回答が、ビジネスパーソンの悩み解決につながるかどうかは、未知数だ。正直なところ、まだAIが宗教者に取って代わるレベルまでは至っていないようだ。しかし、同社の技術だけをとってみても、AIと仏教とが、かなり接近してきていることは確かである。
2500年前にブッダ(釈迦)によって始まった仏教の教えは、文字(経典)や音声(読経や説法)によって広まってきた。人々の悩み(分からないこと)をいかに、合理的に解決していくか、が仏教のテーマでもある。文字と音声によるアウトプットは、AIも得意とするところ。仏教とAIは親和性が高い。
たとえばAIによる記事の自動作成は、すでに大手新聞社が導入済みである。新聞制作のスピード化と、人手不足を解消する手段として活用されている。単純な「ベタ記事」であれば人間が書いたものか、AIによるものなのかの見分けはつかないレベルだ。
NHKでは、すでに「AIアナウンサー」がニュースを読み上げており、誰が読んでいるのかを教えられなければ、AIとは気づかない流暢な日本語だ。
これまで商業ベースであった文章作成が、一般ユーザーにまで降りてきたのが2022年11月末に公開されたChatGPT(人工知能の研究を行うサンフランシスコ州のOpenAI=オープンAI社が開発した対話型のAIツール)である。わずか2カ月の間で1億ユーザーを突破する勢いで急速に世界に広がっている。
ChatGPTは、何らかの質問をチャット上に打ち込むと、AIが自動的に文章を生成してくれるサービスだ。日本語にも対応しており、使い勝手もよく、無料で使える。音声認識AIと組み合わせれば、対話によるコミュニケーションも可能になる。
筆者も利用してみたが、SNSの文章や学生のリポート水準であれば十分な精度を満たしていた。すでにChatGPTを使った出版物も販売されている。文章を商売にしている筆者としては、少なからず危機感を抱いている。
これまで一般人が情報を入手したいと思えば、検索エンジンで調べる方法があった。しかし、膨大なサイトを閲覧し、能動的に情報を取捨選択しなければならなかった。
また、ネット情報には基本的には著作権が存在し、勝手に引用することは法に抵触する。そのため、外に向けて発信する時には注意が必要だった。しかし、人格のないAIの作文であれば、あたかも「自分の言葉」として自由に発信できてしまう。