2012年7月9日(月)

販売総数4億本!「消せるボールペン」大成功の法則

PRESIDENT 2012年6月18日号

著者
野口 智雄 のぐち・ともお
早稲田大学社会科学総合学術院教授

1956年、東京都生まれ。一橋大学大学院博士後期課程単位修得後、横浜市立大学助教授を経て94年から現職。2006年から08年まで、客員研究員としてスタンフォード大学経済学部で活躍。88年、『現代小売流通の諸側面』で日本商業学会賞を受賞。『水平思考で市場をつくるマトリックス・マーケティング』『なぜ企業はマーケティング戦略を誤るのか』など多数の著書がある。

執筆記事一覧

早稲田大学社会科学綜合学術院教授 野口智雄=文
1
nextpage
世界100カ国以上で驚異的に売れている筆記具「フリクションボール」。デジタル化が進む中で、なぜ、アナログの筆記具がこれほど人気を集めているのだろうか。

消せるインキはどうして生まれたか

デジタル化が進展し、手書きの文字を残す機会が明らかに減少した昨今、ボールペンという伝統的筆記具でありながら、大ヒットを飛ばしている商品がある。パイロットコーポレーションの「フリクションボール」だ。2006年にフランスで発売以来、約6年間で実に累計4億本超を売り上げている。マーケットの地理的なカバレッジも大きく、世界100カ国以上で販売されている。

この商品の特徴は、ボールペンで書いた文字がペン尾についているラバーで擦ることによって容易に消せる点にある。もちろんラバーは消しゴムではなく、摩擦熱を起こすためだけのツールなので、いわゆる消しカスのようなゴミは一切出ない。

ただ、「消せるボールペン」というアイデアは、特段目新しいものではない。パイロットコーポレーション営業企画部営業企画課主任の田中万理氏によれば、「1980年代からありました」とのことで、筆者も学生時代に使った思い出がある。「消せるボールペン」は筆記具業界では幾度もチャレンジしては、消えていったアイデアだったのだ。

事実、同社でも、フリクションボールの発売に先立つ01年に同種の商品を発売している。当初は、学生を中心に大ヒットとなったそうだが、残念なことにしばらくしてその需要は急降下したという。問題点は消し去る原理にあった。旧来型の消せるボールペンは、水性のインキを使用しており、紙に水分だけが染み込み、色素の部分が紙の上に残って、その色素を取り除くことで消えたとしていた。それゆえ、消しゴムを使わなくとも指で擦っても消えてしまうような代物だったのだ。

パイロットコーポレーションの営業企画部営業企画課主任の古謝将史氏によると、「当時の消せるボールペンは、消えることは便利だけれども、これで書いたらすぐに消えてしまうというフラストレーションがたまり、面白いけれど、使えないというものだったようです」とのことだ。消費者が求めていたのは、「しっかり書けて、しっかり綺麗に消せる」ということだった。これを実現したのがフリクションボールであった。

フリクションボールは、メタモインキという同社オリジナルのインキ技術の開発によって可能になった。これは、3つの成分が一つのカプセルに入ったもの、とイメージすると捉えやすい。まずは、ロイコ染料という発色剤である。これは単体では無色なのだが、顕色剤と結合すると、独自の色を出す。そして、これら2つの成分をコントロールするのが顕色温度調整剤である。これは、一定温度になると、ロイコ染料と顕色剤との結合を断ち切ってしまう成分だ。例えば、45度で結合を断ち切る顕色温度調整剤を入れておけば、この温度以下になると、また元の色が浮かび上がってくる。

メタモインキは75年の開発以降、たゆまぬ技術改良を経て05年には温度変化の幅を80度前後にまで拡大し、60度以上の温度で無色になり、マイナス20度以下で文字が現れるという調整が可能になった。これにより日常の生活環境下では、一度消去した文字は浮かび上がることはなく、消去されたままの状態にできるようになった。

PickUp