「『おはよう』も『おやすみ』すらありません。食事もベッドも別です。平日も休日も、お互いどんな過ごし方をしているのか、さっぱりわかりません。きっと、よそに女の人をつくっているのでしょうね。それでも私の心にはなにも波風が立ちません。夫婦として、終わっていますよね」

離婚の話が出たこともあるにはあるが、なんとなくお互いが踏み出せず、家庭内別居の状態が続いている。

「家庭で話をする人がおらず、私の心は孤独です。仕事に成功したときは、家族に話して、褒められたい日だってある。しかし、うちにはそういう存在はいません。なにせ旦那と私は同業者で、ある種ライバル関係でもある。以前、仕事が大成功して報告をしたところ、『なんだ、そんなことで』と鼻で笑われてしまいました。それ以来、もう仕事の話はよそうと思っています。私の唯一の話し相手は、家中をウロウロするお掃除ロボットだけ。もちろん、返事をしてくれることはなく、ふと我に返ってむなしさを感じます」

突然、現れたお母さんのような人

そんな隆子さんのもとに、ある1通のメールが。利用中の家事代行サービスからの連絡で、担当者が変更になるという。隆子さんは、このサービスを週に1度利用し、家の掃除や洗濯、ベッドメイクを頼んでいる。

これまで家に来ていたのは、隆子さんと同世代のパートの女性。普段は3人の子供を育てる主婦のようで、庶民派ブランド「アネロ」のリュックサックには、子供の写真を加工したキーホルダーがつけられている。化粧っ気がなく地味で、見る人が見たら、50代にも見えるかもしれない。

「自分とは正反対の人生を歩んでいるなと感じます。私のように派手な暮らしをしている同世代を見て、彼女はどう思っているのでしょうね。来ていただく日も特におしゃべりはせず、『お風呂を念入りにお願いします』のように、必要最低限の会話をする程度でした」

特に会話はないものの、テキパキ家事をこなしてくれ、仕事ぶりに隆子さんは満足していた。その女性の代わりに来るようになったのが、ヨシ江さん(仮名・60代)である。白髪交じりのショートカットに、目じりのシワがしっかり刻まれた、どこにでもいそうな初老の女性だった。

「なんとなく、九州の田舎の母と雰囲気が似ているんです。背が低くて、エプロン姿でちょこまか動き回り、家中を磨き上げるその姿。“ザ・お母さん”という風貌の方です。そんな雰囲気の人が家にいるだけで、不思議と心が癒やされました」