「逃げるくらいなら早く辞めたほうがいい」

人は環境が変わって、劣等感を感じるようになると「自分には欠点しかない」と思うようになり、どんどん気持ちが落ちていく経験を、ここで初めて味わいました。

ただ、同期の新入生も学生生活について行けずに脱落者が続出していました。厳しい学校生活に耐えきれず、土日に外出した同期が帰ってこないで、小原台劇場からフェードアウトすることもよくあったのです。

そのような経緯もあり、当時の学内には「逃げるぐらいなら早く辞めたほうがいい。ここは厳しいところだから」という雰囲気があったので、防大を辞めることは簡単でした。

ストレスが限界になったある日、私は「対番学生」のKさんに「退校したい」と相談することにしました。対番学生とは「新入生をマンツーマンで面倒を見る二学年」のことです。新入生の生活をサポートしたり、アドバイスするポジションで、ゲームでたとえるなら「チュートリアルモード中のサポート役」といったところでしょう。

先輩の優しい言葉も心には響かず

Kさんは正直なところ「デキる学生」ではありませんでした。どちらかと言えば要領が悪く、一学年の時は「避雷針」と言われるぐらい上級生に雷を落とされている人だったようです。

ただ、とても優しく、よく話を聞いてくれる人でした。

ある日の夜、Kさんに自分の悩みを話して「もう辞めようと思います」と伝えたところ、Kさんはこう言いました。「それは他人と比べているから思う悩みだよ。優秀な誰かと自分を比べる限り、君はずっと負け組だ。でも、昨日の自分と比べれば、君はずっと勝ち組だ。最初はできなかったアイロンも裁縫もできているし、成長は感じないか?」

漫画や映画ならばここで、K先輩に泣きながら言うでしょう。「その通りです! 自分、もっと頑張ります!」。そして、翌日から人が変わったように励み始めると思います。ところが、疲れ切っていた私は「そう思いますが疲れました。やっぱり辞めます」と天邪鬼を炸裂させました。にもかかわらず、Kさんは優しく「自分がみんなよりできることを1週間探してみな。なかったら辞めてもいい」と返してくれました。

まだまだヒヨコだった私は「そんなことあるわけないだろ。本当にKさんはクサイことばっかり言うよな。自分に酔ってるな」と思って、その日はさっさと寝ました。