心臓病というと、狭心症、心筋梗塞を思い描くだろう。が、心臓の弁に問題が生じ、最悪、突然死に結びつくこともある「心臓弁膜症」も患者は200万人と多く、毎年約1万人が手術を受けている。

心臓には僧帽弁、大動脈弁、三尖弁(さんせんべん)、肺動脈弁の4つの弁があるが、心臓弁膜症の手術の約97%が僧帽弁と大動脈弁である。原因疾患は僧帽弁では僧帽弁閉鎖不全症、大動脈弁では大動脈弁狭窄症。その大動脈弁狭窄症で、今、画期的な手術が行われている。大動脈弁狭窄症では、大動脈弁が動脈硬化などで石灰化し十分開かないので全身への血液量が減り、心筋の状態も悪くなってしまう。「息切れ」「動悸」「呼吸が苦しい」「夜寝ると苦しい」などの症状がある場合はすみやかに弁置換術を行う。

弁置換術は、弁を取り替える手術。替える弁には豚や牛などを用いた“生体弁”と、特殊カーボン製の“機械弁”とがある。機械弁はすでに30年以上使われ、信頼度は高い。

だが、機械弁では血栓ができるのを防ぐ抗凝固薬(ワルファリン)を毎日、一生服用し続けることになる。飲み忘れは命取りにもなる。加えて、これまでと比べ出血しやすくなるので、ケガをしないようにするなど生活での制限もでてくる。採血検査のために定期的な通院も必要と、アフターケアがなかなか大変である。生体弁の場合、ワルファリンの服用は3カ月と短いが、平均15年くらいで硬化し再び狭窄症状がでてくるので再手術が必要になる。

「できるならワルファリンを服用しないで、自分自身の体を生かした治療はできないものなのか……?」

心臓弁膜症に悩む人々の声にしっかりと応える手術を、東邦大学医療センター大橋病院(東京都目黒区)心臓血管外科の尾崎重之教授が開発。2007年4月から手術は行われており、10年6月時点で200例を超えた。その画期的な手術とは「自己心膜・大動脈弁形成術」。

血液は心臓の左心室から大動脈へ押し出されるが、その出口にあるのが大動脈弁。葉っぱのような膜(弁尖)が3枚ついた形の弁なので患者の弁を形成して対応するには難しく、危険が大きい。そこで、尾崎教授は患者自身の心膜を用いて大動脈弁を作ろうと考えた。心膜とは心臓を包んでいる膜である。

まず、患者の自己心膜の一部を切除し、心膜の強度をあげるための溶液(グルタールアルデハイド)に10分間浸す。次に、動脈硬化で石灰化して弁の役割が不十分になった大動脈弁の弁尖を切除。尾崎教授が開発した弁のサイズを測定する弁尖サイザーで計測し、そのサイズに合わせて準備しておいた自己心膜を裁断する。新しい3枚の弁尖を大動脈弁のあったところに縫いつける。そして、心臓を再始動する。

自己心膜を使用しているので、血液の塊のできるのを防ぐワルファリンの服用が不要とあって、確実にQOL(生活の質)は向上する。人工物を使わないので感染に対する抵抗性が強い。さらに、1個約100万円の人工弁を使わないので経済的なメリットもある。

そんな中、あえて問題点を指摘すると、自己心膜で作られた大動脈弁の耐久性。しかし尾崎教授と早稲田大学理工学部との共同研究によると、グルタールアルデハイド処理された弁尖は正常な大動脈弁尖の4倍の強度があることがわかっている。

「自己心膜・大動脈弁形成術」は保険の利く手術とあって、手術を希望する患者は急カーブで増加中。加えて、尾崎教授の開発した手術を行う医療機関も登場してきた。10年6月現在で、尾崎教授のところ以外に、苑田第一病院(東京都足立区)、仙台厚生病院(宮城県仙台市青葉区)で行われており、世界的評価の高まりとともに、さらに手術を行う医療機関は増えそうである。