暴力・暴言の連鎖を断ち切ろうとする取り組み

暴力や暴言がともなう指導がなくならない理由として、選手時代にそれを経験した指導者が無反省に繰り返す「暴力の連鎖」が指摘されている。そんななか、自らの生い立ちを批判的に捉え直した益子氏には頭が下がる思いである。

益子氏の身を切るようなこの取り組みは他競技にも伝播しつつある。

2021年4月には、「怒ってはいけない大会」を他のスポーツにも広めることを目的として「一般社団法人 監督が怒ってはいけない大会」が設立された。スポーツ関連企業のモルテン、アシックス、ミカサがスポンサードし、応援者には元バドミントン五輪日本代表の陣内貴美子氏と元ラグビー日本代表の野澤武史氏らが名を連ねる。

勝利至上主義がもたらす弊害の、最たるものである暴力や暴言による指導をなくそうとする動きはここ10年でかつてなく活発化している。

全柔連のこのたびの決定が、勝利至上主義からの脱却を図るこうした一連の流れを加速させるのは間違いない。とはいえ、勝利至上主義からの脱却がそうスムーズに進むとは思えない。

プレスリリース後まもなく、全柔連には保護者から「(これまで懸命に練習をしてきた)子供がかわいそうだ」という内容のメッセージが十数通ほど届いたという。従来の仕組みを変更することで被る不利益を訴える声は、いつの時代も必ずある。

「勝利から得られるもの」と「勝利への固執で失うもの」

目標を失うことになるわが子やその友達をおもんぱかる気持ちは、わからないでもない。わが子に向けられる親心や顔見知りの児童への労わりは察するに余りある。だがこの気持ちは、大会において好成績を収められるであろう可能性を秘めた児童にしか向けられていない。大会のたびに親や指導者からの重圧を耐え忍ぶ児童は視野に入っていない。

子供を思いやる尊い気持ちを十分に汲みつつ、それでもなお指摘したいのは、たとえ短期的には不利益がもたらされるとしても、将来を見越した長期的な視野で恩恵にあずかるかどうかを想像する必要性である。「勝利から得られるもの」と「勝利への固執で失われるもの」とを天秤にかけ、冷静に吟味する態度が成熟した大人には求められる。教育を目的とした若年層のスポーツを考えるときに、この構えは決して欠かすことはできない。