酒と競馬に溺れ10年間ひきこもりに

「死んだほうがマシ」と嘆く相談者は多い。しかし、木村さんのように荼毘だびに付して、遺骨を肉親に送ってほしいと言った人は初めてだ。私はむしろその言葉に救いを感じた。

安い料金で昼の弁当を宅配してもらうサービスを受けることを勧めると、木村さんは「首をくくる」と息巻いていたのがウソのようにあっさり承諾した。宅配弁当の申請用紙を書きながら、木村さんにいくつか質問をした。

木村さんは高校を卒業すると故郷の北海道から上京、タクシー運転手として44年働いたことを話してくれた。結婚をし、ひとり娘に恵まれたものの、酒の飲みすぎが原因で喧嘩が絶えなかった。妻は赤ん坊を抱えて家を出た。それきり、妻子とは一度も会っていない。

もっと働きたかったが、酒と競馬に溺れ、心身が衰え、63歳で引退した。そんな話まで打ち明けてくれた。もう10年もこうした引きこもり生活が続いていることになる。

薄暗い部屋でアルコールを注ぐ手元
写真=iStock.com/art159
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1週間後、宅配弁当の感想を聞くために訪ねた。配食サービスはあくまでも、木村さんへの訪問を続けるための手段だった。開かずの扉の住人にさせないよう、頻繁に訪問して関係を築いていこうと考えていた。

汚れた台所の流しに新品の包丁が置かれていた。上階から水漏れがあり、包丁を持って怒鳴り込んだのだという。酒の飲みすぎで被害妄想が強くなり、狂気に駆り立てられたのかもしれない。住民に通報され、警官から説教を食らったあげく、団地の管理事務所の管理主任からは退去勧告を突きつけられたという。

引っ越しが決まるも部屋のゴミは全部で6トン

木村さんはアルコール依存症で、一日一食の弁当を食べるのがやっとだ。栄養失調で肝機能も悪い。このままでは本当に死んでしまう。木村さんの暮らしを立て直すための施設を探してあげたいと私は考えた。

要介護認定の申請をし、認定調査員の訪問時にも同席した。主治医意見書を書いてもらうために、木村さんを団地のクリニックに連れていった。「要介護2」に認定されたものの、施設探しは難航した。身元保証人がいないことがネックになった。

私はほうぼうの施設に電話をかけては断られ続けた。私が訪れるたび泥酔した木村さんは食ってかかってきた。誰とも接することもなく一日中家の中に引きこもっている。私とのやりとりだけが他者とのコミュニケーションなのだ。早くなんとかしなければと焦った。

冬がすぎ、春がきた。にっちもさっちもいかないと絶望的な気持ちになっていたとき、一筋の光明が射しこんできた。

ある介護サービス会社が市内にサービス付き高齢者住宅をオープンさせた。藁をもつかむ気持ちで連絡を取ると、木村さんの年金14万円を考慮し、月額10万円で入居できるように対応してくれた。身元保証人がいなくてもいいという。残るはゴミ屋敷の片付けだった。

知り合いの遺品回収業者に頼み込み、引き受けてもらった。業者が部屋を確認すると、ゴミはおよそ6トンあるという。