不安を感じさせた菅首相の「用語のゆらぎ」

それでは、日本はこのような国際情勢の新しい動向の中で、どのような方向へと進んでいくべきなのか。

そのような難しい状況に直面するなか、日本外交の将来を考える上で不安を感じさせるような出来事が起こった。オンラインで行われたASEAN関連首脳会議(11月)を終えた後に、菅義偉首相は記者たちへの取材の対応として、次のように述べていた。

「ASEANと日本で、平和で繁栄したインド太平洋を共に創り上げていくための協力を進めていくことで一致しました。拉致問題については、心強い支援を得ることもできました。明日、RCEP協定に署名します。自由で公正な経済圏を広げるとの日本の立場をしっかりと発信していきます」。

ここで菅首相が、それまで安倍政権以来用いられてきた「自由で開かれたインド太平洋」という用語ではなく、「平和で繁栄したインド太平洋」と述べたことが、安全保障専門家の間で懸念を招いた。というのも、それが従来の立場からの、中国やASEANを配慮した譲歩とみなされたからだ。

日本と中国の主導権争いの構図

というのも、中国政府は日米が進めてきた「自由で開かれたインド太平洋」構想に対して依然として強い抵抗を示しており、とりわけ「自由(free)」と「開放(open)」という用語が含まれることを好まない。それゆえ、11月14日の第23回ASEAN+3(日中韓)首脳会議や、第15回東アジア首脳会議(EAS)に関する外務省のホームページに記されている概要のなかでは、「自由で開かれたインド太平洋」という言葉が用いられていない。

いわば、「自由で開かれたインド太平洋」構想という日米両国が進めてきたイニシアティブを、ASEANにも共有してもらい、インド太平洋地域の共通の規範として埋め込みたい日本と、そのような日本のリーダーシップを快く思っていない中国との間で、主導権を争う構図がそこに見て取れる。

他方で、アメリカのトランプ大統領は4年連続で、この東アジア首脳会議を欠席しており、アメリカのプレゼンスは大きく後退した。その「空白」を中国と日本が埋めているのが、現状と言える。