仕事人生、目の前の課題に夢中で取り組んできただけ

開発企画部部長を経て、2006年に臨床企画部部長に。共同研究する医師の研究室で、肌のシワを拡大した写真を何百枚と並べて「数なのか、深さなのか。シワの改善をどう評価するのが分かりやすいか?」と議論を重ね、独自の指標を導き出した。化粧品の機能性がデータで示されるようになったのだ。同時期に、スイッチOTCの商品開発にも携わった。

社員証
撮影=小田駿一
社員証にはニックネーム(「てつさん」)まで記載されている

「たしかに、気づけば『社内初』『業界初』の仕事に関わっていたパターンは多いかもしれないですね。でも、“初”の成果にこだわってきたわけじゃないんです。目の前に急いで解決しなきゃいけない課題があって、夢中で取り組んできただけ。気づけば最年長になっているなんて、自分でも驚きますよ。僕がいつまで働き続けるかよりも、次の世代へどうやって仕事をつないでいくか。完璧に引き継げなかったとしても、一緒にやりながらある程度のところでバトンタッチしたいと考えています」

現在は、再生医療研究企画部部長として、大阪本社や東京支社だけでなく、大学や病院などを飛び回る日々。同社が2011年から本格参入した幹細胞を用いた再生医療分野を牽引している。

やってきた仕事の9割は失敗。大事なのは早めに手を打てるか

順風満帆に聞こえるキャリアだが、決してうまくいくことばかりではなかったという。

いわく、「やってきた仕事の9割は失敗」。

「薬の開発は未知の領域へのチャレンジの連続だから、最初に緻密な計画を立てても想定外のことがいっぱい出てくる。機能性を高めるために効果のある成分を配合したら副作用も強く出てしまったり、臨床試験で費用がたくさんかかってしまったのに許可が取れなかったり、何度も大失敗していますよ。当然、そのたびに会社からはきつく怒られます。かんたんには切り替えられないけど、考えても仕方がないから次の仕事をやるしかない」

しかし、山田さんが歩んだ“失敗の歴史”こそが、会社の未来をつくるための貴重な財産になっている。

「大事なのは、起こり得る失敗をいかに予測し、早めに手を打てるかどうか。僕は47年間同じ仕事をしているから、この領域では人の10倍くらいは失敗している。その経験した分だけ、ピッとアンテナが立つから、『そっちに行くと、まずいんじゃない?』『そのまま進むと、おそらくこういうことが起こるから備えておいたほうがいい』と助言することはできる。そういう指摘って、言いづらいものでしょう(笑)。今の自分に一番期待されている役割はそこじゃないかな」

まさに、歩くトラブルシューティング辞典。会社の発展と共に専門化・細分化が進んだ組織において、山田さんのように「開発プロセスの全体が分かる目利き」は貴重な存在だ。

情報を集めるだけなら新入社員でもできるインターネット時代においては、マネジャーに求められるのは「エラーの芽を早期に発見し、解決策を示すこと」だと山田さんは考えている。