なぜ「日本企業は遅い」のかを丁寧に伝える

イスラエルのスタートアップと日本企業が交渉を始めると、まず問題になるのがスピード感だ。

こうした交渉では、その場で回答できることはすぐに回答し、その場で回答できないことについては「いつまでに」「誰が」「どんな作業をして」回答するかを明らかにしておくことが基本だ。さらに、会合のあと、自社に戻って何をやったか、どこまで進んだかという進捗を丁寧に知らせることが不可欠になる。言葉や商習慣が異なる企業同士であれば、こうしたやりとりは特に大切だ。

それなのに、日本企業がスタートアップを訪問しても、その後連絡をしないままにしていることは多いようだ。

イスラエルのスタートアップは規模が小さく、「非常にフラットで、ヒエラルキーを嫌う」(戦略経営コンサルタントの小川政信氏)。一方、日本の大企業の多くは事業の範囲が広く、階層が多く、情報を集めるにも、組織内で結論を出すのにもより多くの人を巻き込まねばならず時間がかかる。イスラエルスタートアップから見ると、日本企業は欧米の大企業と比べてもすべてのプロセスが遅いと感じられるようだ。

ミリオンステップス取締役兼COOの井口氏は「日本企業は、自分たちが思っている以上に、先方からは『遅い』と思われている」と強調する。「決裁や膨大な書類作成など、イスラエルスタートアップにはなかなか理解できないプロセスがたくさんある。我々が間に入る場合は、なぜ時間がかかっているのか、現在どうなっているのかなどを、イスラエル側に丁寧に説明する。すると、相手も理解してくれることが多い」と語っている。

もちろん、できるだけ現場に権限を与え、プロセスのスピードアップを図ることは必要だが、それに加えて、「なぜ」保留するのか、社内の意思決定でどのようなプロセスが必要で、今、どのような段階にあるのか、今後の見通しはどうなのかなどを、丁寧に相手に伝える必要があるだろう。

「自社より格下」と思ってはいけない

日本企業は、交渉相手を値踏みして、相手企業と自社の上下関係を判断しようとする傾向がある。規模や知名度、歴史や伝統などが判断の基準として使われることが多い。イスラエルのスタートアップに対しても、同じように値踏みをしているのではないだろうか。イスラエルのスタートアップは、もちろん規模が小さく実績もない。日本の大企業から見ると、「単なる小さな会社」、すなわち、自社より格下と認識することがあるのではないか。

石倉洋子、ナアマ・ルベンチック、トメル・シュスマン『タルピオット イスラエル式エリート養成プログラム』(日本経済新聞出版)
石倉洋子、ナアマ・ルベンチック、トメル・シュスマン『タルピオット イスラエル式エリート養成プログラム』(日本経済新聞出版)

しかし、イスラエルのスタートアップは、規模や実績に関係なく、相手企業とは対等な立場で交渉する。

戦略経営コンサルタントの小川政信氏は、「イスラエル人は、過去の実績を現在の信用関係の“てこ”に利用しようとしない。つまり、過去に成功した人が過去の栄光だけで相手より上の立場に立つのではなく、あくまでも、現在その人の持つビジョンやアイデアの価値が重視される」と語っている。

アビームコンサルティングの坂口氏も、「イスラエルのスタートアップは、グローバル企業とのコラボレーションに慣れている。『相手が大企業だから会う』ということは決してなく、自社にマッチするかしないかをしっかり見て判断している」と説明する。

交渉プロセスにおける日本企業のスピード感のなさの背景には、「我々は名のある大企業なのだから、多少返事をするのが遅くなっても、相手は待っていてくれるだろう」と高をくくっているところがあるのではないか。つまり規模やこれまでの歴史、市場での地位などから、相手を下に見ているところがあるように思われる。

ところが、魅力的な技術を持つイスラエルのスタートアップと組みたい外国企業はほかにもたくさんあり、競争にさらされているのは日本企業の方だ。このままでは、日本企業よりも、スピード感を持って意思決定を行うことのできる企業に先を越されてしまうだろう。

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