印鑑50本で営業、「嫌になった」

ある局員の好成績は、50本余りの印鑑に支えられていた。

朝日新聞経済部『かんぽ崩壊』(朝日新聞出版)

保険営業をしていた神奈川県内の60代の元郵便局員の男性は、成績上位の「優績者」だった。現役だった1990年代当時、本来は契約者が書くべき書類の代筆などは、日常茶飯事。様々な名字の印鑑50本ほどが手元にあった。保険をかける相手の被保険者と面談せずに契約することもしばしばあった。「そんなことばかりやっているのが、だんだん嫌になっちゃって」。男性はそう振り返った。

3年ほどの営業担当の間に疑問が高まり、約20年前に退職。その後、外資系の保険会社に転職した。20年前を思い出すような不適切販売について、「そんなことをまだやっていたのかという気持ちと、やっぱりという気持ちの両方ある」と打ち明けた。

転職先で実感した郵便局ブランド

新たな職場では被保険者と面談しない契約や書類の代筆は厳禁。郵便局から同様に移った営業社員が数十人いたが、局出身者10人ほどがある日、一斉に会議室へ呼ばれた。

「郵便局でやっていた手法は、ここでは非常識ですから」

講師役から受けた言葉を男性は今も覚えている。自分は心を入れ替えて営業に励んでいたが、一部の元局員が不適切に営業していたという。

転職して郵便局のブランド力をしみじみと感じた。局員時代は高齢女性に営業する際、「お母さん」と気軽に話しかけても自然に受け入れられた。しかし、今の外資系の営業マンの立場で同様に声をかければ、「『あなたに、お母さんって呼ばれる筋合いはない』と怒られちゃいますよ」。

男性は古巣に対して「信頼に足るだけの仕事をする組織に生まれ変わってほしい」と話した。

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