「なので、何のために授業するのかはしつこく説明します。ある修了生がこう言ってくれました。『授業を通して、物事がよく観察できるようになって、後輩を指導するときに言語化できるようになった。その能力は自分自身の競技にも返ってきました』。これがまさに授業の狙いですね」

プラスにならないと判断したことは、制約を設けて当然

重視する3つ目の能力「生活力」はどうか。アカデミーでは生徒33名に対し、競技面だけではなく、ドクターやカウンセラー、管理栄養士など、各ジャンルのプロ約80名がサポートする体制を組んでいる。通常の生活について指導する機会はほとんどないが、「中学生の門限は18時半。外出できる範囲も限定」「23時の消灯以降はスマホを回収」などのきびしいルールが敷かれている。「アスリートとして成長するのが目的の事業。プラスにならないと判断したことは、制約を設けて当然」(平野氏)という方針だ。

そのほかに、料理教室やキャンプ合宿などのカリキュラムもある。キャンプでは、鶏肉1羽、魚1匹など、各班対抗で独自の食材を獲得し、そこからどんな料理が作れるか、頭を働かせながら調理する試みも。生活力と同時に知的能力も鍛えるのだ。

特殊な環境で、3つの能力を磨く生徒たち。その印象をライフルのコーチ・三木容子氏は「みんなしっかりしていて、中学生、高校生ではなくて、大人と喋っている感覚がします。だから上から下に『教えてあげている』という意識がほとんどありません」と話した。

生徒の声も聞いてみた。中学生時にライフル射撃で頭角を現した高木葵さんは、高校からエリートアカデミーに入校した。

「よかったのは、練習時間が増えて成長できたこと、国際大会が身近な存在になったことです。ただ、結果を求められるプレッシャーが強くなったのは大変だな、と思っています」

その精神的負担について、平野氏は次のように考えているという。

「精神的には決して楽ではないと思いますよ。大会では、『アカデミー生はどれだけの実力なんだ』という目で見られるし、結果が出ない子にとっては針のむしろに感じるかもしれません。ただしオリンピックは注目されるし、強いプレッシャーがかかる大会。それに近い環境の中に放り込まれて、勝つことが、生徒を磨き上げるんです」

今回の東京オリンピックも、エリートアカデミー修了生から数名の内定者が出ており、20年1月上旬の段階では在校生が出場する可能性も残っている。これからどのような人材を輩出するのか、今後も注目したい。

(撮影=八木虎造 写真提供=JOC)
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