東海道新幹線で起きた殺傷事件で、被告に無期懲役が言い渡された。そのとき被告は「万歳三唱」をしたという。文筆家の御田寺圭氏は「社会的に疎外され続けた人間にとって、自分が安全に過ごせる場所は、刑務所くらいしか浮かばない。この社会は『加害性のある弱者』を包摂するための手立てを持っていない」と分析する——。
写真=時事通信フォト
2018年6月10日、新幹線殺傷事件発生後に、JR小田原駅で停車する東海道新幹線「のぞみ265号」

同情を集める、元農水次官の「子殺し」

元農水次官の熊沢英昭被告が長男を殺害した罪に問われている事件の裁判で、検察側は懲役8年を求刑、16日に判決が言い渡される。法廷では、長男が原因で結婚が破談になり、長女が自殺したという衝撃の事実が明かされた。
『週刊文春』『母を「愚母」と罵倒、父は「もう殺すしかない」――元農水次官が“息子殺し”という地獄に至る「修羅の18カ月」』(2019年12月14日)より引用

被害者となった息子が、「加害者」として振る舞っていたとされる被告人の供述が明らかにされるにつれ、被告人への同情論が拡大した。

だが留意しなければならないのは、被害者が実家に戻ったのは事件発生からわずか1週間前であり、ネットで言われているような「被告は長年にわたって同居する長男からの家庭内暴力に苦しめられていた」といったストーリーは必ずしも事実とは一致しない。もちろん、細かい事実関係や経緯が実際のところどのようなものであったにしても、悲惨な事件であることには変わりはないのだが。

弁護士によると、被害者は統合失調症を患い、仕事も長続きせず、ほとんどひきこもり生活を続けていた。家族と同居していた中学2年~大学時代のおよそ7年間にわたって家庭内暴力があったとされる。被害者によって縁談がなくなってしまった妹が自殺していたことも明らかとなった。そして実家に帰省して1週間で、今回の悲劇的な結末となった。

このような悲劇的な最期をどうすれば防ぐことができたのだろうか? この問いは、私たちが暮らす社会にぽっかりと空いたエアポケットの存在を気づかせる。

なぜならこの問いは、「加害性のある弱者」とどのように対峙たいじすべきなのか——という問題を私たちの眼前に突き付けるものだからだ。

このような結末を迎える前に、被害者が適切な治療を受けて、社会復帰を目指せばよかったのだろうか。