「人生100年時代、老後資金2000万円が必要」。2019年6月、金融庁の報告書に示された試算をきっかけに、「年金は頼れないのか」の批判や、マクロ経済スライド廃止論の声が巻き起こった。はたして何が正しいのか? 制度に精通する「ミスター年金」が、問題のポイントを解説する――。

金融庁報告書は、何が問題だったのか

金融庁報告書が発端でにわかに巻き起こった老後資金2000万円論議は、残念ながら公的年金制度に関する正しい理解がないままに議論が進んでいるようです。

写真=iStock.com/bernardbodo
※写真はイメージです

金融庁報告書に関しては申し上げたいことが多々ありますが、一点だけコメントします。「2000万円赤字」の話のもとになっている高齢者世帯の家計調査を見ると、今の高齢夫婦無職世帯(夫65歳以上、妻60歳以上の高齢夫婦のみ無職世帯)が実際に支出している金額とフローの収入金額(その大部分は公的年金です)との差が平均約5万円、というところが出発点になっています。

ですが、よく考えてみると、このことは、「家計が赤字」なのではなくて、今の高齢世代は、公的年金以外に月々5万円程度の支出ができる老後資金を持っていて、フローの収入にそれを加えて暮らしている、ということを意味します。そう思って見ると、図の横に「今の高齢夫婦無職世帯の平均純貯蓄額は2484万円」という記述があることに気がつきます。

高齢者世帯の貯蓄額には現役世帯以上の大きなばらつきがあります。平均値と中央値、最頻値はかなり異なるので、この2484万円を今の高齢世代の「平均像」と考えるのは大きなミスリーディングですが、今の高齢世代が「公的年金になにがしかの蓄えや自助努力をそれぞれに組み合わせて老後生活を送っている」のは事実でしょう。この自助努力・自己資金の部分を「赤字」「不足額」と表現したことは、誤解を招く大きな原因だったように思います。

金融庁は金融政策を所管する役所ですし、生命保険業界や証券業界を所管しています。「貯蓄から投資へ」は彼らの大きな政策の方向です。若いうちから老後に備えて資産形成に努めることを提唱し、そのための政策(財形貯蓄や積立NISAなどの民間の金融商品)を推進することは、彼らの立場からすれば当然のことでしょう。

とはいえ、国民の老後生活の姿は様々です。「平均値」で語ることはできません。同じ議論でも国民の受け止め方は様々だ、ということに思いを致し、もっと想像力を働かせるべきだったのではないかと思います。