「デザイン思考」というアプローチが注目を集めている。新しい研究開発テーマの必要性を感じているJAXA(宇宙航空研究開発機構)は、世界一のデザインコンサルティング会社IDEO(アイディオ)と組んで、事業開発に取り組んでいる。導入の全プロセスを紹介する――。

なぜJAXAの未来に「デザイン思考」が必要だったのか

画期的なアイデアが生まれない。出てくるのは既存路線の焼き直しばかり。多くの企業で聞かれる悩みだ。

JAXA(ジャクサ:宇宙航空研究開発機構)航空技術部門事業推進部の保江かな子は、あるひとことで、自分たちの研究開発を振り返るきっかけを与えられた。

「JAXAでは『おっ!』と言われるような研究はしていないんですか?」

JAXA航空技術部門の研究開発員・保江かな子氏。プロジェクト当時は同部門事業推進部に所属

【JAXA保江】「これは、研究所を見学にいらした方をご案内している時に問いかけられた言葉です。私は研究職で入社しましたが、JAXAには最先端の研究も多いし、面白さもやりがいも感じています。けれども、外の方にJAXAの研究がどう見えているかという視点で、ものごとを考えたことは一度もありませんでした。

一般の方が『おっ!』と思うような研究って何だろう。それは『こういう体験がしてみたい!』『これが欲しかったんだ!』と言われるものを作ることなのかも。そう考え始めていろいろ調べたことが、『デザイン思考』の概念に出会うきっかけになりました。」

保江が「新たな領域開発にチャレンジしたい」と、真っ先に相談したのが、同じ事業推進部で隣り合わせに座る岡本太陽だ。

「技術」ではなく「人間」を中心に発想する

【JAXA岡本】「JAXAには着実な研究開発を進めて、5年、10年のスパンで産業界に技術移転するというミッションがあります。

JAXA航空技術部門事業推進部の岡本太陽氏

その一方、もっと先の未来に対する弾込(たまご)めも必要ではないかと議論されてきたのが、ここ数年のこと。新分野開拓研究に予算を出す制度も立ち上がりました。

しかし、“技術主導”の発想では、どうしても既存分野の延長線上の発想になりやすい。どうすればもっとドラスティックにものの見方や発想を変えられるんだろう。僕自身もそう考えていたので、保江の課題意識には共感しました。」

保江と岡本は、研究すべき新分野そのものを考えたい。そのプロジェクトに予算をつけてほしいと上司に打診。並行してIDEO(アイディオ)のもとを訪ねる。IDEOはデザイン思考の生みの親として知られ、ティム・ブラウンCEOが率いるグローバルなデザイン・コンサルティング企業だ。

【JAXA保江】「私が手にとった本では、デザイン思考は、『技術』ありきではなく、『人間』を中心に発想をしてアイデアを生み出すと書かれていました。この方法で何か新しく、わくわくするような研究を生み出すことができないかと考えたのです。」

研究開発の現場としてコンサルティング会社を採用して進めるプロジェクトはJAXAとしてはじめての挑戦だった。