前例のない外部コンサルティングとの提携であったため、岡本と保江は、正式なプロジェクトのスタート以前に、IDEO Tokyo(以下IDEO)のディレクター野々村健一と4回の事前ミーティングを重ねている。

「誰のための技術なのか」

IDEO Tokyoディレクター・野々村健一氏

【IDEO野々村】「最初、JAXAがデザイン思考で研究開発のヒントを得たいとおっしゃった時は、正直なところ、意外な気がしました。けれども話を聞くうちに、その課題意識は、研究技術の最先端をいく全世界の企業に共通する課題でもあると感じたんです。」

共通の課題――。それは、技術が先行して、「誰のための技術なのか」といった「人」へのフォーカスがされていないこと。このような課題は、まさにデザイン思考のアプローチが有効だ。

【JAXA保江】「『デザイン思考』を知らない人たちが社内にいるなか、IDEOとパートナーシップを組めることになったのは、いただいた提案書が圧倒的に魅力的だったからだと思います。」

結果的に、(1)エンドユーザーの潜在ニーズの抽出と分析を行い、(2)JAXAが取り組む価値のある新たな方向性、テーマ、コンセプトを可視化することがこのプロジェクトのゴールとなった。

2017年10月、数カ月の時間を経て、社内業務の一環としてIDEOとの共創が認められた。「圧倒的に魅力的だった」と保江がいうIDEOからの提案書も、社内の意思決定を後押しした。

デザイン思考の導入・その1:まず「問いかけ」から考える

ここで「デザイン思考」について説明しよう。

スティーブ・ジョブズの「顧客は自分たちが欲しいものは知らない」という言葉は有名だが、デザイン思考は、ユーザーの本質的な課題やニーズを可視化し、アイデアを創出(実装)する。このアプローチで大事なのは、答えを求めることではなく、良い問いを立てることだと野々村は言う。

JAXAのケースでいえば、「航空業界で新分野の研究を創造したい」という課題に対し、「空を飛ぶとはどういうことか?」「そもそも航空機とは何だろう?」「空が生活空間になったら何ができる?」といった、可能性を拡げる問いからスタートする。

今回のプロジェクトでは、たとえば戦時中戦闘機のコックピット設計にインスピレーションを与えたと言われる「茶室」を見学したほか、地上から高いビルの写真を撮り続ける高層ビルマニア、元オリンピック選手の柔道家など、様々な視点や経験を持つ人たちにインタビューを重ねた。これは、IDEOでは「デザインリサーチ」と呼ばれるフェーズの一環だ。

一見、航空業界の新分野開発には直結しなさそうだが、この「多様な視点」から得られるインサイトが、新しいアイデアを発想する上で重要だという。

【JAXA 岡本】「戦闘機のパイロットや柔道選手などの話を聞いて、速いスピードで動くと『空』はどう感じられるのか。体の角度が変わった時に『空』はどう見えるのか。どのようにして、『フローステート』と呼ばれる最大限の集中状態に入るのか。視点を変えた時に『空』がどう見えるかなどを聞きました。そこで感じたことを言葉にする経験は貴重でした。」