『孫子』を書いたのは斉の国の出身で、呉という国に仕えた孫武だと言われています。著されたのは今からおよそ2500年前の中国。当時の中国は12の強国が群雄割拠しており、戦争が絶えませんでした。この戦乱時代は秦の始皇帝が統一するまで、約250年も続きます。そんな混乱した時代を背景に孫武の思想は生まれました。

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孫子の兵法と聞くと、卑怯な手を使ってでも敵を倒すという好戦的なイメージをもたれている方もいるかもしれませんが、実際は戦う前の段階を非常に重視し、なるべく戦いを避けようとする思想です。しかし、いくら自分が戦いたくない、平和を望むと言ったところで、降りかかった火の粉は払わねばならない。

孫武の生きていた時代の戦争をたとえると、10人くらいのプロレスラーが同時にリング上で生き残りを争う「バトルロイヤル」に近いわけです。こういう戦いの場合、最初から目の前にいる敵と果敢に戦ってしまうと、体力を消耗してすぐに脱落してしまいます。

IT企業の経営者に『孫子』を愛読する人が多いのは、こういった群雄割拠のバトルロイヤル的状況が、現代のIT産業の置かれた状況と似ているからかもしれません。

そこで孫武は「勝ち」「負け」だけでなく「負けていない」状態というものを考えました。勝つことを目指すのではなく、負けないことを頑張る。そのために今できる準備を怠ってはいけないと『孫子』は説きます。そのためには「善く戦う者は不敗の地に立ち、而して敵の敗を失わざるなり」。まずは自分の国をきちんと整備し、国力を高めることが肝心だと説いているのです。

兵力の多いほうが勝つというのが軍事の基本です。けれど兵力とか国力に差があったとしても、ある瞬間ある場所で、そこだけ兵力の優勢をつけるということはできます。『孫子』の各個撃破がこの考え方で、ある場所である瞬間だけ、こちらの兵力はたくさんいて、向こうの兵力が少ない状態をうまくつくれば、その差で勝てるという発想です。

これを経営学者マイケル・ポーターの「集中戦略」に重ねる人もいます。自分が勝てる土俵をつくって、そこで優位性を保てば儲けられる。

IT系の経営者にお話を伺ったときに言われたのが、ITって要するに狭くてもいいからオンリーワンになるのが一番稼げると。だからライバルと戦うのではなくて、いかにうまく周囲とズレて自分がオンリーワンになれるか。そういう場所を探していると言われたことがあります。自分が有利に戦える土俵を見つけて、そこで戦うほうが勝てる。そういう意味でも『孫子』の考えはビジネスに通じますね。

孫武が兵法家として仕えた呉という国は新興国ですがかなり強く、他のライバル諸国にひけを取らない存在でした。ですから、孫子の兵法は弱者の思想というよりも、そこそこ強い勢力の生き残り術とイメージしたほうが近いと思います。

ただ、孫子の兵法はとても素晴らしいと思うのですけど、前提となる国力とか国民の支持といった組織の内部がしっかりして、ちゃんと機能していないと、孫子の兵法だけで戦っても基本的には勝てないと思います。あくまでベースがしっかりしたうえでの振る舞い方が説かれているのです。

守屋 淳
1965年生まれ。早稲田大学卒業。大手書店勤務ののち、中国古典研究家として独立。著書に『最高の戦略教科書 孫子』ほか。
 
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