グーグルやアップルが台頭すれば、日本の製造業はおしまいだ――。そんな悲観論もささやかれるが、東京大学大学院の藤本隆宏教授は「デジタル時代にも日本に勝機はある」という。代表例はソニーと村田製作所。どちらも強い「補完財」をもつことで、比較優位を保っている。藤本教授と経済ジャーナリストの安井孝之氏の「ものづくり対談」、最終回をお届けする――。(全5回)
村田製作所が「CEATEC JAPAN 2017」で展示したロボット「チアリーディング部」。「倒れそうで倒れない」バランスと「ぶつかりそうでぶつからない」というチームワークがポイントだという。(写真=ロイター/アフロ)

確かに「上空」は握られているが……

【安井】デジタル時代には、「上空」のICT盟主企業に制空権を握られても「地上」でしっかりものづくり企業として強みを生かす道もあると指摘されています。具体的にはどのような生き方でしょうか。

【藤本】日本の経営者層や管理者の多くは「21世紀はあらゆる業界がオープン・アーキテクチャ(開かれた設計思想)になり、グーグルやアップルやアマゾンのようなプラットフォーム盟主企業になるしか繁栄の道はない。しかしそれは今の日本企業には無理だ。ゆえに日本企業には繁栄はない」などと考えているようです。これはデジタル化を一面からしか見ていない過剰な悲観論です。

確かに、アメリカのプラットフォーム盟主企業がグローバル標準インターフェースの獲得、補完財企業群の追随、ネットワーク累積効果などにより信じがたいスピードで成長しているのは、それ自体がすごい産業現象であり、グーグルに学べ、アマゾンに学べという流れも当然です。しかしアメリカでも、プラットフォーム盟主企業になれるのはごく一部の企業であり、それ以外は、従来型の独立製品企業、あるいは上記のプラットフォームに乗っかる補完財企業、端末企業、その部品企業などです。

したがってほとんどの日本企業にとっては、一部の米国プラットフォーム盟主企業に「上空」の制空権はにぎられていることを前提に、いかにして強い独立製品企業、補完財企業、端末企業などになっていくかを考える方が、当面は現実的と思います。そう考えれば、実は上空は、全体として「オープン・アーキテクチャだ、プラットフォームだ」といっても、そのプラットフォームを構成する個々の補完財や端末やその部品は、それが高機能なものである限り、内部構造が「中インテグラル」(擦り合わせ型)のアーキテクチャになりやすい。ここに、チームワークの良い調整型の現場を持つ日本企業にとってのチャンスがあるわけです。

世界一のシェアをもつ村田製作所のコンデンサー

【藤本】こうした調整集約型あるいは擦り合わせ型の製品分野では、設計の比較優位論、つまり貿易理論的にも、日本企業が比較優位を持ち得ますし、実際にも、そのような能力を持つ国内の優良現場では、今や仕事が来すぎて人が足りないという状況が多くなっています。近年の現場を見ないで「日本の製造業はおしまいだ」と今も言い続けている論者は、まずは、現場現物をしっかり見るべきでしょう。そして、米国のプラットフォーム盟主企業だけでなく、身近な日本の成功企業からも大いに学ぶべきでしょう。

たとえば、そのお手本のひとつは日本企業が依然として強いセラミックコンデンサー産業です。セラミックコンデンサーは電気を蓄えたり、放出したりする電子部品でほとんどの電子機器に使われる電子部品です。スマートフォン1台に数百個も使われます。その中のリーダー的存在である村田製作所は、卓越した技術力、自前の生産技術、すり合わせによる設計品質の高さ、高い品質管理能力といった伝統的な日本のものづくり企業の強みを持っています。世界シェアは30%を超えて世界一です。さらに、「03 06」「02 04」(それぞれ寸法=ミリ)というセラミックコンデンサーの事実上の業界標準を確立した企業でもあります。

【安井】アップルのiPhoneにも大量に入っているということですね。アップルがつくったプラットフォームになくてはならない部品として存在感を持ち、しかも他が追随できない生産能力を持ち続けているケースですね。