僻地の医療崩壊を食い止めるための1つの方法は、このようなやる気のある若手医師に来てもらうことだ。その際、いくつか解決すべき課題がある。

アルバイト医師より給与は安い

例えば、給与だ。山本医師は南相馬市立総合病院の常勤医師、つまり地方公務員だ。地方の民間病院と比較して、給与は驚くほど安い。山本医師が赴任した9月の月給は約48万円。その後、時間給3000円程度で残業代が加算されることになった。一方、大町病院には、東京の私立大学から大勢のアルバイト医師が来ている。一般的に医師のアルバイトでは、午前・午後の外来で10万円以上、あるいは休日の日直と当直で15万円以上の報酬が見込まれる。山本医師は公務員なので、こうしたアルバイトはできない。

アルバイト医師の給与総額は、山本医師よりはるかに高いはずだが、働きぶりはどうだろうか。どちらが病院や地域社会に貢献しているか。ダブルスタンダードは看過できない。

医師不足の自治体は、医師確保のために年間数千万円を大学に寄附し、「寄附講座」を設立することで医師を派遣してもらっている。だが、その実態は医大による給与のピンハネだ。私が調べたところ、2014年度にいわき市が福島医大に寄附した6000万円のうち、医師に支払われた人件費総額は2530万円。差額の3470万円は医大が自由に使えるカネとなっていた(ハフポスト「福島の医師不足利権」)。

こうした寄附なら、支援を受けられるだけまだいい。山本医師のように自らの意志で地域医療を守ろうとする若者には何の支援もない。むしろ、「地元の大学と軋轢を起こす存在」としていじめる人たちもいるのだ。

若手医師の「強制派遣」を議論する前に

これでは、みなで若者のやる気をそいでいるようなものだ。医療行為には責任がともなう。医療事故を起こせば、自らが逮捕され、膨大な賠償金を支払う可能性もある。彼らを安くこき使い、責任だけを負わせるというのは恥ずべきことだ。取り組んだ仕事に対しては、相応の評価を与えなくてはいけない。厚労省や邊見氏は、若手医師の「強制派遣」を議論する前に、そのための制度について議論すべきだ。

古今東西、変革は社会の周辺から起こる。そして、その中心は常に本気で行動する若者だ。南相馬市は、東日本大震災後の原発事故で甚大な被害を受けた。いま、この地域に志のある若手医師が集い、地域をかえようとしている。こうしたケースが社会で共有されれば、われこそはという若者がさらに出てくるだろう。その際、老害という名の既得権者から、彼らを守らなければいけない。

上 昌広(かみ・まさひろ)
医学博士。1968年兵庫県生まれ。1993年東京大学医学部医学科卒業、1999年東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。虎の門病院血液科医員、国立がんセンター中央病院薬物療法部医員、東京大学医科学研究所特任教授など歴任。2016年4月より特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所を立ち上げ、理事長に就任。医療関係者など約5万人が講読するメールマガジン「MRIC」編集長。
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