「日本最高峰の大学」は東京大学だろう。これには政策的な意図があるから当然だ。では「日本最高峰の病院」は東京大学医学部附属病院だろうか。それは「偏差値」にとらわれた誤解だ。「手術数」という実績をみると、東大病院は「日本一」どころか、複数の分野で10位以下になっている。ところが、現在、日本の専門医制度がそんな「大学病院」を中心に変えられようとしている。それでいいのか――。
東京大学医学部付属病院(東京都文京区)

専門医研修の場は大学病院が中心になるべき?

専門医の在り方を巡る議論が迷走している。

ことの発端は2013年にまとまった厚生労働省の検討会の報告書だ。趣旨は「全ての医師は専門医になるべきで、そのためには後期研修が必要。研修の場は大学病院が中心になるべきで、専門医の質を統制するため、統一した基準をもうけねばならない」である。

この提言を実現するため、2014年5月一般社団法人日本専門医機構(以下、機構)が発足した。7月には専門医制度整備指針第1版を発行、15年3月には基本領域18学会が社員として承認された。

従来、各学会が独自に認定していた専門医資格の質を担保するのだから、国民にとってはいいことのはずだ。多くの方には、この主張のどこが問題か、ピンとこないかもしれない。ただ、普通の医師が読めば、この主張が支離滅裂なのは明白だ。

例えば、高度医療の分野で大学病院の優位は既に失われている。「手術数でわかるいい病院2017」(朝日新聞出版)によれば、2015年度に関東地方で胃がんの手術数が多かったのは、がん研有明病院(562件)、国立がん研究センター中央病院(504件)、国立がん研究センター東病院(256件)という順位だ。上位には専門病院が名を連ねる。慶応大学病院は138件で11位、東大病院は132件で12位だ。

難易度が高いと言われる食道がんの場合、国立がん研究センター東病院(153件)、順天堂大学順天堂病院(114件)、がん研有明病院(110件)と続く。東大病院は61件で9位、慶応大学病院は55件で10位だ。

東大病院のホームページによれば、胃・食道外科のスタッフ数は31人。がん研有明病院の胃外科スタッフ数は17人。食道外科は7人だ。胃・食道がんの領域では、医師一人あたりの症例数で東大病院はがん研有明病院の4分の1以下だ。

慶応病院の若手は年収約200万円

本稿では詳述しないが、この状況は関東地方のがん医療に限った話ではない。専門医療の研修を優先するなら、大学病院の募集枠を規制し、専門病院を増やすなど柔軟な対応を採るべきだ。「研修の場は大学病院が中心になるべき」という機構の主張は理解に苦しむ。

新専門医制度で得をするのは、大学病院だ。博士号を餌に若手医師を大学医局に縛りつけるビジネスモデルは既に崩壊している。初期研修でも、大学病院での研修希望者は減り、民間病院に流れている。

若手医師が大学病院を避けるのは、経験が積めないことに加え、待遇が悪いためだ。例えば、慶応大学が発表している「慶応義塾大学医学部における後期臨床研修プログラムの概要」には、週5日勤務の場合、年収は約200万円、週28時間未満勤務の場合、年収は約116万円と記されている。