習近平総書記に見切られたトランプ大統領

しかし、アメリカが一番の強みとしていたこれら2つが、ここに来て陰りを見せています。まずITですが、数年前に元CIA(米中央情報局)職員のスノーデンが告発したようにアメリカの情報機関NSA(米国家安全保障局)がフェイスブックなどSNS企業と秘密裏に個人情報収集を行っていることが大きな問題となり、世界を揺るがせ、アメリカへの信頼を失墜させました。

その後の報道によると、NSAはアップル、グーグル、マイクロソフトなども含め、アメリカの大手IT企業が提供するネットサービスに直接アクセスして、自らの情報収集に利用していたそうです。これを見て、中国や欧州、ロシアやインドでも一挙に対策が進みました。「ビッグデータを盗み取るビッグブラザーに気をつけろ」というわけです。

一方、金融面では2008年、国際的な金融危機の引き金となったリーマン・ショックから、アメリカは表面とは異なり、実のところ依然として立ち直っていません。発端は金融工学を駆使して証券化したサブプライム・ローンでした。これは信用度の低い人を対象にした高金利の住宅担保貸付が住宅バブル崩壊で不良債権化し、アメリカ第4位の投資銀行であるリーマン・ブラザーズが破綻した金融崩壊でしたが、今また同じことがくり返されようとしています。私はこのくり返しが、アメリカ衰退のきっかけとなるとつとに言ってきました(拙著『覇権の終焉』PHP研究所、2008年参照)。そして、実際、アメリカの国際金融面での影響力は今も回復していません。

その意味で、アメリカの力は徐々に、あるいは急速に削がれているのです。今回のトランプ氏を大統領に押し上げた“トランプ現象”は、こうしたアメリカの衰退がさらに進むのではないかと心配し、かつてなく多くの人々が格差の拡大や失業の恐怖に悲鳴を上げ、それを投票行動に移した結果でしょう。けれども、冒頭にも記しましたが、早くもその前途は危ぶまれているのです。

しかし、日本の立場を考えると、トランプ大統領の下で進むアメリカのリーダーシップの凋落は対米外交を見直す絶好の機会かもしれません。これまで日本はソ連の脅威がなくなった冷戦後の時代も、基本的に親米保守というスタンスでした。しかし、本当はこの25年くらいの間にもっと自立できる力をつけておくべきだったのですが、そうならなかったのはオバマ大統領までの歴代大統領は温度の差こそあれ、日米両国の国益を安全保障や貿易面から理性的に追求してきたからです。けれど「アメリカ・ファースト」を掲げているトランプ政権は、北朝鮮危機をテコにして経済交渉や防衛費負担などで今後、大変な無理難題を吹っかけてくるでしょう。

そんなトランプ政権には、はっきりものを言い、もっと日本の自立をめざす確固たる姿勢を見せる必要があります。そうすればアメリカはもう少し日本の立場を尊重するようになります。また今後は、そうでないと健全な日米関係は保つことができません。これまではアメリカに極端なまでに追随的だった日本ですが、トランプの迷走ぶりを目の当たりにすると、いざというときに日本側に立った行動をとるかどうかは大いに未知数です。例えば尖閣諸島にしても、たしかにアメリカは尖閣も「日米安保の適用範囲内だ」と言いました。しかし、中国が本格的な攻勢をかけてきたら、アメリカは日本と一緒に戦うかどうかわかりません。

その中国は10月の党大会が終わると、トランプのアメリカを完全に見切って徐々に対抗姿勢を強めてゆく気配があります。習近平総書記は4月6日、トランプ大統領との最初の首脳会談をフロリダで行いました。その時点では、中国はまだトランプ政権の本質を把握できておらず、その強圧的な姿勢を警戒していたようです。北朝鮮制裁の協力にも肯定的な対応をしてきました。

ところが、7月になるとドイツのハンブルグで開催されたG20サミットでの米中首脳会談では、習近平総書記が終始うわてに出ている感じがうかがえるようになりました。実際、地元ドイツでの報道もそうした米中関係の変化を伝える内容でした。そして、9月の国連での対北朝鮮制裁でも、中国はアメリカの圧力を明確にはね返しています。この傾向は今後より強まるでしょう。