自由研究のレベルは親のレベルを反映する

「東京湾」と「古墳」。いかがだろうか。もちろん、これらはほんの一例である。ほかにも、身近な場所に目を向ければ、自由研究のネタは存外に多くあるはずだ。

さて、本文を締めくくる前に、子どもにとって体験型の自由研究の重要性を改めて説明したい。親が考えなければいけないのは、子が「期限に間に合うよう、自由研究を終わらせる」ことではなく、子が「自由研究を通じて、自らが探求心を醸成していく」ように導くことだ。

そのためには、子が実際に研究対象をじかに見て、じかに触れる「体験型」であったほうがよい。塾講師として長年子どもたちの自由研究のテーマを“リサーチ”しているが、いわゆる「できる子」の自由研究に共通するのは、完成したリポートが「自分のことばでしっかり説明されている」という点である。オリジナリティーと換言してもよい。

これまでに「へえ、面白いなあ」と感心させられたもの。

たとえば、「シャボン玉の膜を長持ちさせるには、どうしたらいいか」を数々の実験を通してリポートする子がいた。あるいは、同じ場所・同じ時間で空に浮かぶ雲を撮影しては、日ごとにその移り変わりを詳細にリポートしている子もいた。

「自由研究を楽しめる子&頭のいい子」の親は優れている

いずれもオリジナリティーあふれる着眼点があり、読み応えも十分だった。自分の興味対象にとことんのめりこんでいるのだろう。まとめ方はやや稚拙でも、とにかく「楽しくてたまらない」様子が手に取るようにわかる。つまり、躍動感のある自由研究になっているのだ。そうなると、大人もつい身を乗り出して読み込んでしまう。彼らの共通点が、学力がかなり高い子だということも理解できるだろう。

少なくとも自由研究のネタ本やネット情報をそのまま「コピペ」したような代物より、ずっと血が通っている。自由研究の教材にはよく考えられたものもある。だが、そうした「自由研究キット」は、結論ありきで作られている場合が多い。その結論に子を誘導するような内容になっている。そうすると、オリジナリティーを感じられない自由研究となってしまうのだ。

あまり大きな声では言えないが、自由研究の出来不出来は、その子どもの親の“レベル”を反映しているかもしれない。「付け焼き刃」で自由研究の教材を買い与えて、適当にやらせてしまうか。もしくは、一緒に潮干狩りや古墳巡りをして、研究のヒントを与えているか。

進学塾に通う子が小学6年生なら中学受験は半年後。その入試結果で笑うことのできる親子はどちらのタイプか。それは言わずもがなである。