「おもてなし」の言葉に代表される、日本の素晴らしい接客やサービス。しかしこれを当然と思い、世界一“甘やかされている”ことに気付かないから、「働き方改革」がうまくいかないのではないか。コラムニストの河崎環さんが、スイス、フランス、ロンドンで暮らした経験から、日本社会の歪みを問う。

「日本はどこに行っても、過剰サービスだなぁ……」。かつて欧州に住んでいた頃、一時帰国するといつもそんな感想を持っていた。既に、欧州から日本へ向かう道中から「日本のスペシャルなサービス」は始まっている。日系のエアラインでCAさんにものすごく丁寧に扱っていただくと、恐縮のあまり「ありがとうございます」「恐れ入ります」と、こちらが慇懃なくらいお礼の言葉を連発してしまう。

おしぼり一つ取ってもそうだ。たとえビジネスクラスでも、欧州内のエアラインでは男女ともにガタイのいいベテランCAからトングでピランッと投げつけられるのが当たり前の光景。しかしJのつく日系エアラインでは常に笑顔で美しいキャビンアテンダントが両手を添えて渡してくれるので、こちらも慌てて両手でお受けする。その瞬間、いつも思っていた。「日本人よ、これが当たり前だと思っちゃいけない」。おしぼりレベルからそんな感じなので、12時間のフライトを終えるとすっかり「サービス受け疲れ」を起こし、一方でたった12時間にも関わらず良いサービスを受けることに麻痺し、無口になっていた。それが帰国の洗礼でもあった。

これは他のエアラインだが、日本への帰国便で一度、ビジネスクラスの最前列の方から大きな声が聞こえてきたことがあった。イマイチさえなさそうな年配のビジネスマンが、自分が予約時に指定しておいたはずの和食ミール(機内食)が確保されていなかったと烈火のごとくお怒りになっていたのだ。ひざまずいて謝り、事情を説明するキャビンアテンダントに向かって、「あんたの謝罪なんか意味はないんだよ。日本に帰る日本人にこそ和食を確保するべきだろう! 味のわからない外国人乗客に和食なんか出してどうするんだ!」と怒りのあまりか偏見極まりない言葉をぶちまける。「あの見苦しい怒りようには、果たして合理性があるだろうか?」と疑問を持った。「そんなにお客さまは神様か? 事情を説明されても謝罪を受け付けないとゴネてきれいな女性CAに八つ当たり。しかも問題は機内食の種類(笑)。どうせ会社のチケットで、自分のお金で乗ってないのに。日本人客、甘やかされてんなぁ」。

……というわけで、余計なお世話と重々承知しつつ、今回の脳内エア会議のお題は「日本人が世界一甘やかされた”お客さま”感覚から脱するにはどうしたらよかろうか?」です。

「サービスは価格に込みになっている」とたたき込まれた欧州生活

笑わないドイツ系スイス人が多い、あるスイスの街に住んでいた頃。町なかの店で笑顔を見せてくれる店員は貴重だった。EUと歩みを共にしないことに決めたスイスでは移民の受け入れも厳しく、私のように駐在家族としてそこに住む有色人種は目立った。東洋人の私が会計のときに何か軽口でもたたこうものなら、「お前はいま何か言ったか」くらいの冷静な無関心さで応対されるのが常だった。その代わり、サービスは効率的でほぼ間違いがない。彼らの「サービス精神」のあり方は、武骨で決して豪華ではないけれど正確に定時運行される鉄道や、清潔に維持された街並み、徹底的に分別を求められる割には収集日が週1回や月1回しかないゴミ出しに表れていたように思う。

一方、隣国のフランスは、ドイツ系よりは笑ってくれるし、お釣りを渡しながらの会話も弾むが、会計やオーダーのミスが多くて、品質管理にも雑な印象があった。その分、快く返品交換にも応じてくれはするものの、度重なると「やっぱりチェーン店や安い店はだめだな……」と感じるようになる。すると、より効率的で間違いのない(賢い店員による)サービスを求めて、価格としては高くても確実な店へ行くようになり、サービスは価格に込みだということをしっかり認識するのがフランスだった。