「9月末までに宅急便の基本運賃を引き上げる」。日本経済新聞の3月7日付朝刊でヤマト運輸の長尾裕社長はこう表明した。ドライバーの過重労働改善に向けた労使交渉が決着したのは3月17日。交渉中にもかかわらず、単独インタビューで検討中の経営方針の全貌を一紙だけに明かすやり方に他のメディアは反発した。「それでもヤマトの作戦勝ち」と同業他社の幹部は評す。値上げや時間帯を指定した配達の一部廃止はバッシングを受ける可能性もあった。「日経をうまく利用し同情的な世論をつくりあげた。ヤマトは恐ろしくしたたかな会社」と、この幹部は警戒心を募らせている。

ヤマト運輸社長 長尾 裕氏(時事通信フォト=写真)

長尾氏は山口や埼玉で主管支店長を経験するなど営業畑が長い。現場をよく知るだけに「この半年、事業の継続性にかなり危機感を覚えた」との言葉には重みがある。ネット通販の普及による宅急便の急増で人手不足によるドライバーの長時間労働が常態化。昨年8月にはヤマトの横浜市にある支店が、一部社員に残業代を支払っていなかったとして労働基準監督署から是正勧告を受けた。巨額の未払い残業代が発生する見通しでヤマトの収益は悪化しそうだ。

今後最大の焦点となるのはアマゾンとの値上げ交渉。大口顧客割引の恩恵を受けるアマゾンは、正規運賃の3割程度しか負担していないとの見方もある。ヤマトは即日配送からの撤退も検討中だ。交渉次第ではネット通販の事業戦略や消費者へのサービスにも影響を与える可能性があり、長尾氏の手腕に注目が集まる。

ヤマト運輸社長 長尾 裕(ながお・ゆたか)
1965年生まれ。高崎経済大卒。88年ヤマト運輸入社。常務執行役員などを経て2015年4月社長。
(時事通信フォト=写真)
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