残された手段は製薬企業による治験だけ。バイオアクセス社には日本法人がないため、厚労省はバクスターに圧力をかけ、ライバル製品を同社が販売する方向で調整した。だが、このような強権的な手法を用いれば医薬品市場のあり方がゆがみ、国際的な信頼を損ねかねない。また審査には日数がかかる。厚労省は「迅速な承認審査」を理由に、特例として書面だけの審査を進めた。結果的には2月26日に申請後1カ月という異例の早さで承認されたが、これでは綱渡りだ。

しかも厚労省は、その結論に至るまでに相当手間取った。複数の部局が責任を押し付け合い、まるで、「患者の命」よりも「自らが創設した制度の維持」を重視しているようだった。せっかくキットが確保できたのに、医療現場に届くまでに随分と時間がかかってしまった。

さらなる問題は、厚労省が患者や医療現場へ全く情報を開示していないことだ。厚労省が初めて公式の場で見解を表明したのは、新聞報道から1カ月以上が経過した、1月23日になってから。しかもこの会見は、「医療現場の危機打開と再建をめざす国会議員連盟」の尾辻秀久会長らの訪問を受けた舛添要一厚労大臣が主導したもので、官僚が自発的に動いたわけではない。

厚労省が黙だんまりを決め込んでいた間、メディアや患者に情報を伝えていたのは骨髄移植推進財団と日本造血細胞移植学会だった。しかしながら両者の発表には現場の不安を和らげる効果はなかった。具体的な供給方法は明示されず、「行政と連携しながら問題解決を目指している」という抽象的な内容に終始したからだ。

余談だが、骨髄移植推進財団は厚労省の外郭団体であり、唯一の常任理事は厚労省の天下りキャリア官僚だ。また学会も、研究費の配分や政府委員会の人選を通じて厚労省にコントロールされているのは有名な話である。

厚労省の迷走ぶりは目に余る。2月10日発売の「女性自身」は、3月に予定されている骨髄移植のフィルターが手配できていないこと、2月の骨髄移植が例年より減少していることを報じた。骨髄移植推進財団は2月13日のマンスリーリポートで、記事に反応するように、「移植件数の減少はフィルター供給の影響ではない」と主張。厚労省を弁護した。

2月17日の閣議後記者会見では、舛添大臣が「骨髄移植予定件数とキットの確認状況」に関する資料を配布。在庫数のデータが初めて公表された。これは関係者が当初から知りたがっていた情報だ。メディアが騒いだ途端に情報を出す厚労省の姿勢にはあきれるばかりだ。

この事態は示唆に富む。冒頭でも触れたとおり、厚労省が情報を開示しないために、救える命をみすみす失った恐れがあるのだ。2月の移植件数の減少の原因は、フィルターの確保が不透明であるために、多くの医師が2月の移植を延期したと考えるのが妥当だろう。骨髄移植を受ける患者は進行したがん患者だ。この1カ月が生死を分けたかもしれない。