仕事を進めるうえで最も大切なのは、取引先や顧客、あるいは上司や部下、同僚との信頼関係を築くことだ。信頼をつくり上げるもの、そしてそれを壊すものは何なのか……それぞれの道で認められた「仕事の神様」に聞いた。
エーワン精密――モノづくりに欠かせない自動旋盤に取り付ける「カム」や「コレットチャック」という治具の製造で圧倒的なシェアを持つ会社だ。苦境にあえぐ中小・零細企業が多い中、同社は創業以来、43年間の売上高経常利益率が平均で38%という驚異的な高収益を維持している。その背景には、顧客や取引先、社員との信頼関係を築くための日々の努力の積み重ねがある。

品質や値段よりスピードで差

業績不振で悩んでいる中小企業の社長から「品質も価格も他社に負けない自信があるのに、なぜか商品が売れない」という愚痴話をよく聞くことがあります。いまの時代、良品廉価は当たり前で、それだけではセールスポイントにはなりません。

エーワン精密創業者 梅原勝彦氏

では、差別化するにはどうすればいいのか。創業時はわずか3人の町工場にすぎなかったエーワン精密が株式上場を果たすまでになったのは、「スピード」にこだわった経営を続けてきたからだと自負しています。他社が1週間かかるものは3日、3日なら1日で仕上げて納品する。それが実践できれば顧客の信頼を獲得できると信じて取り組んできました。

ただし、納期が早くても「安かろう、悪かろう」では二度と注文が入りません。例えば、主力製品のコレットチャックを製造するには25前後の工程が必要ですが、当社では途中で簡単な工程を省くどころか、精度を高める大切な作業ではたっぷり時間をかけるので、作業時間は他社よりも余計にかかっていると思います。それなのに、なぜ、スピード納期が可能なのか。その理由は、大きく分けて「過剰」と「信頼」の2つのキーワードに集約されます。

まず、第一に当社がずっと心がけているのは、設備も人員も「過剰なぐらいがいい」ということです。中小・零細の製造業に限らず、大手企業でもわずかな利益を出すためにも「乾いた雑巾をしぼる」厳しいコスト削減が求められています。私自身も社内のコスト削減には常に目配りしているつもりですが、現場の人員と設備、それに半製品の「仕掛品」の在庫量はあえて過剰気味にしています。その理由は急ぎの仕事が舞い込んできた場合でもすぐに対処できるようにするためです。お客さんから「大至急頼む」といった難しい注文は、顧客の信頼感を得る絶好のチャンス。しかも、相手方も無理を承知のオーダーだから、適正価格を維持できるので、一石二鳥です。

ただ、それには、「素早く取り掛かる」ための社内体制の構築が不可欠です。エーワン精密に電話をかけてくれればわかりますが、ほぼ最初のコールで受話器を取ることに気づくでしょう。東京・府中市の本社では間接部門の社員には「チン・パッ」、つまり、チンと鳴ったら、パッと取れと徹底的に教え込んでいます。しかも、電話を取る係も受注担当も決めていないので、総務担当でも経理担当でも、電話を受けた社員がそのまま注文を受けて、その注文票を山梨県の韮崎にある工場に送り、現場もすぐに作業に取り掛かります。せっかちな性分の私は「仕事の流れを止めるな」が持論。測ったことはないですが、お客さんの注文を確認してから、生産開始までおそらく5分もかからないと思います。