人間の運転操作の技量に頼りすぎている

マツダ車両開発本部の梅津大輔氏

こうしたGベクタリングコントロールを生み出す発想を提唱した人物が車両開発本部の梅津大輔だ。

梅津によれば、クルマはその一世紀以上にもわたる長い歴史にもかかわらず、まだまだ人間の運転操作の技量に頼りすぎている部分があるという。これをなんとかしたい、というのが梅津の発想の原点だ。

一般の人が、なかなか自分の運転の腕が上がらないと感じるのは、人間と機械の接点(一般に言うところのインターフェース)が人間の感覚と常に一致しているとは限らないからだ。

たとえば、アクセルとブレーキは、クルマの動かし方からすれば正反対なのにもかかわらず、どちらもペダルを「踏む」という一定の方向の、しかも悪いことに同種の動きになっている。したがって、クルマの前後方向の動きをコントロールするだけでも相当の技量が必要になってしまう。これだけではない。クルマを前に進めるためには、左右の動き=つまり曲がる=をコントロールするステアリング操作が必要だ。これにも、前後の動きと同様、相当の技量が要求され、上手になるためには熟達するしかない。

もちろん、クルマの歴史の中で、こうした素人の運転の技量不足をクルマの側で補ってくれるメカニズムや仕組みがさまざまに開発されてきたことも、また事実だ。

たとえば、急ブレーキ時にクルマの姿勢を保ってくれるABS、操舵に強い力を無用にしたパワーステアリング、クラッチを切らないと(クラッチペダルを踏み込まないと)できないやっかいな変速操作からドライバーを開放してくれる自動変速機、クルマの横滑りを防ぐ電子制御技術、最近ではドライバーの不注意による衝突を防いでくれる緊急ブレーキ装置など、紹介すればきりがない。こうした技術やデバイスのおかげで、クルマの運転は一部技量の優れた人間だけに許されたものから、誰でも一定のトレーニングを受ければ容易に運転できる今の姿へと長い時間をかけて進化してきた。

しかし、梅津に言わせれば、こうした人間のスキルをクルマに持たせる、肩代わりさせる作業はまだ道半ばだという。その典型的な例と言えるのが、旋回時のクルマのコントロールだ。

カーブにさしかかると、ドライバーはふたつの動作をほぼ同時に、あるいは並行して行う。減速と操舵だ。つまり、スピードを落とすためにアクセルを戻す、必要ならブレーキを踏む、そしてカーブに沿ってステアリングを左右どちらかに切る。カーブが終わったところで、アクセルを踏み直し、ステアリングをもとに戻す。この一連の動作を行うときに、実は、ドライバーの運転技量の差が顕著にあらわれるのだ。技量の低いドライバーはぎくしゃくとした運転になり、しかも悪いことに、これが繰り返されると同乗者を酔わせることにもつながってしまう。このぎくしゃくする動きの原因は、クルマのタテ(前後の加減速)の荷重移動(G=重力=のかかり方)とヨコ(操舵)の荷重移動のバランスがうまくとれていないことにある、と梅津は考える。