犬好きや猫好きには悪い人はいない、と聞いたことがある。やや誇張した表現かもしれないが、インターネットやゲームのバーチャル・リアリティーしか興味のない人に比べれば、はるかに人間味がある。そもそもヒトも動物なのだから、動物に関心を持つことは人類生存のうえで大事な特質であると思う。

本書は生き物たちの興味深い行動にまつわるエッセイで、京都大学で長らく動物行動学の研究を行ってきた著者が身近な動物の生きざまの本質を解説する。動物にはそれぞれ異なる生き方があり「言い分」があるのだ。生物の行動にはすべて意味があると言ってもよい。数ページほどからなる短章の一つ一つに、彼らが何十万年もかけて獲得した知恵の数々が解き明かされていく。

動物たちが集団を構成して生き抜いてきた仕組みには目を見張るものがある。それを温かい目でユーモラスに活写したのが本書である。子ども時代の動物好きが高じて世界的な学者になってしまった著者の新聞連載をまとめたものでもある。著者は科学者の中では12を争う名文家で、日本エッセイスト・クラブ賞を受賞した経歴を持つ。

本書の後半では、動物を取り巻く環境についてもくわしく取り上げられる。読みやすい素直な文章を読んでいくうちに、地球環境問題の現状に関してひとりでに知識が入る仕掛けになっている。

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取り上げられた一つに、著者が最初に翻訳したドーキンス著『利己的な遺伝子』のエピソードがある。「生物が子孫を残すのは遺伝子のしわざである」という仮説は世界的に評判を呼び、学界で激しい論争が起きた。

「生物は遺伝子の乗り物に過ぎない」という驚くべき話は、科学者以外の大きな関心も呼んだ。著者は一般向けの解説を引き受け、生物学を広めるアウトリーチ(啓発・教育活動)のために抜群の成果を上げたのである。

利己的な遺伝子とともに、本書にはドーキンスがつくりだした「ミーム」という考えかたもわかりやすく説明されている。ミームとは伝承される文化や思想の要素といったもので、人間社会の中で文化が伝わる際にはミームという想像上の「遺伝子」があるという。たとえば、「人間は銅像を建ててもらったり、研究や作品などの業績としてミームを残したいと思っている(中略)そんなインテリも、心のなかでは実は自分もミームを残したいと思っているのだ」(264ページ)。著者はここから生物と社会の関係を考察する。

本書には生き物を研究する途上で出合った驚きと感動が、随所にみずみずしく描かれる。マクロ生物学の第一人者ならではの逸話なのだ。ここには、生物をDNAなどに切り刻んで見るのとは全く異なる視座がある。こうした新しい学問に惹きつけられる人が増えてきたのは大変に喜ばしい。本書は自然界をマクロに把握する最先端科学への優れた入門書なのである。